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いわごろう先生の不思議な治療

この前の日曜日に、いわごろう先生の診療室で治療していただいた。
つい最近建て直したばかりの、ピカピカの歯科医院。
最新のカボのCTとユニットが素敵だ。
そこで、とても不思議な治療をしていただいた。

この前の大会の僕の講演を聴いていただいた人は分かっていると思うが、僕の頭はかなり傾いている。
それは、僕の左上に入っているブリッジがスウィング干渉しているからだ。
次第に傾きが増してきた。掲げてある7年前の写真よりも傾いている。
姿勢も腰のところから横ずれした感じになって、そっくり却って、どんどん姿勢が悪くなってきている。
老化と運動不足のせいで体が硬くなってきたのでスウィング干渉が増してきているからだと言われている。
一月ほど前から右ひざも痛くなってきていた。

それらを治していただいた。
頭はばっちり真っ直ぐになって、膝の痛みもその場で取れた。
それは当たり前のことで、僕らはそんなことで感激したりはしない。うん、治ったねぐらいだ。
要するに、医者の不養生のようなもので、あまり症状がないのでつい疎かにしていたわけで、くまごろう先生からずいぶんと注意されていたのだけれど、いざとなったらすぐくまごろう先生にお願いできるという安易な考えでいただけなのだ。
ただ、その治療法がとても不思議だった。奇跡としか思えない。
全顎のスプリントを入れたのだが、バイトを採らず口の中で咬んで固めたわけでもないのに、咬合紙を一枚も使わずにピッタリ合ったのだ。
未だにどういう理屈なのかも解らないし、まだ治験が終わっていないのかどこにも発表していないようなので詳細の紹介は伏せておく。
ただ、素晴らしい画期的なオリジナルな治療法であることは間違いない。

そして、その治療を全面的に展開するシステムもすでに構想が出来ていて、そのために医院を新築したようだ。
おどろくべき全方位に調和のとれた能力だと思う。
あごろべえ先生やラッパの先生はたいへんな天才だけれども反面、経営などに関して少し欠けているところもある。
僕は、才能も経営能力もいちじるしく欠けていて、毎日過去を振り返って、現在を反省して、ため息をつく毎日だ。
いわごろう先生の満月のような円相の能力・人格を、こころから尊敬いたします。

いわくまコンビという。
くまごろう先生とはもう15年ほどの付き合いで、そのすごさは良く分かっているが、いわごろう先生とは5~6年前からで年に何回かしか会わないので、雲霧を通して見ていた感がある。
これから私が感じた独断で、このスーパーな女医さんコンビの研究や臨床のすばらしさや、この2人だけでなく仲間の女医さんの印象などから感じる、歯科医は女医に限るという僕の持論などをブログの読者に紹介していきたい。

いわくま塾 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/11/09 22:02

7年目の浮気

このブログが今日で、ついに7年目を迎えた。
2~3か月前から急に意欲が薄れてきて、先行きが怪しくなってきた。
その訳は自覚している。
くうにゃんのブログと同じ状態になってきたのだと思う。
僕は、くうにゃんのブログに触発されて始めたので、くうにゃんのブログが不意に停止した時にその理由がすぐに分かった。
くうにゃんはあご切り矯正後の不定愁訴が苦しくて、その闘病記を延々と書いていたわけだが、くまごろう先生の治療が奏効して不安定な苦しい時期を脱して各種の代替医療でコントロールできるようになったので、急に苦しかった時期のことが思い浮かばなくなったのだと思う。それで、ブログが停止した。

不定愁訴というものは、どんなにそれが苦しくても器質変化した病気にまで至っていないので、バランスが取れると急に何でもなくなり、苦しかったことも忘れてしまう。そんなものなのだ。
先月、舌痛症とうつの症状で苦しんでいる方の身内の人から問い合わせがあった。
それからどうしたかは分からない。治療されるのか他に当たるのかは不明だが、舌痛症とそれに続くうつ症状とかは、そのようなバランス崩れであって、バランスを回復したら嘘のように晴れやかになるものなのだ。
そうすると、もともと何ともなかったような気になる人が多い。

僕はそのような症状があってブログを書いていたわけではなく、あごろべえ先生のとてつもない大発見に仲間の一人として身近に立ち会って参加して、次々と新しい発見が積み重なって加わっていき次第に体系化していくのをわくわくして見ていて、その興奮がモチベーションとなっていたのだ。
急に意欲が薄れたのは、概要と体系がほぼ理解できたからだ。
2000年からだから、17年になる。一生懸命追いかけてきたものが、ある程度理解できた。なんか、ほっとして力が抜けた感がある。
もう一つは、ラッパの先生の自分を被験者にした気の遠くなるような人体実験の繰り返しによる研究がほぼ完成して、極めて単純な法則にまでエッセンスが凝縮されたことだ。
それによって、日常の歯科臨床における咬合の問題を誰もが容易に解決できる優れたセミナーが実現できた。
このことは、大変なことだ。
僕らの仲間の中には、ラッパの先生の咀嚼運動の調整はあごろべえ先生の発見したスウィング現象の一部に過ぎないのだからという考えの人が居るかもしれないが、このような考えはとんでもない間違いだ。
ラッパの先生の発見したエッセンスは、歯科医がこれまで培ってきた大系の延長上で出来る究極の予防医学であると言える。
あらゆる歯科医がこれを学ぶべきで、それによって日常の歯科臨床を迷いなく進めることが出来る。
その新しいセミナーのきっかけと方法論に少し参加できたことに、僕としてはとても満足している。
そして、アドバンスとしてあごろべえ先生のスウィング現象の大系がある。咬合育成、矯正、欠損補綴、咬合医療に関しては、この体系が必要になる。
これからは、この二本立てでたゆまぬ歩みを重ねていけば、必ず目的は達成できると確信した。


うわの空の・・・とブログの表題を付けたわけだが、僕は誰にもボケてると言われる。要するに、心がそこに無くていつもうわの空なのだ。
なんか、一つのテーマをいつも考えていて、現実に対応できていないようなのを自覚している。
だいたい15~20年周期でテーマが変わるようだ。
中学から結婚前までは文学青年だった。結婚してからは現実に対応する必要を感じて投資、次はその反動なのか宗教に興味が集中した。そして、また歯科医としての現実に対応して咬合。
なんとなく納得できるとそれで満足して、別なものに興味が移る。
近年は、同級生がほとんど隠居生活に入ったせいなのかもしれないけれど急に歳を意識してきて、ルーツというか日本という極めて特殊な国の本質を知りたいということに興味が集中してきたように感じている。これが、僕の興味の対象の最後のテーマになりそうだ。
こんなところで、僕のうわの空の人生が終わるような気がする。
初めまして | コメント(2) | トラックバック(0) | 2017/11/03 00:00

おもしろい選挙だったな~

僕は、新聞も取ってないしテレビもアンテナが壊れていて、もう五年以上もどちらも見ていない。
だから、選挙報道など見たことないが、今回の選挙ばかりはネットのニュースをたっぷりと見た。
どんな出し物よりも突き抜けて面白かった。

不倫やハニートラップのすっぱ抜きから始まって、泥船から次々と逃げ出したと思ったら、いきなり全員脱出してまだ形も出来ていない建造中の救難船にすがり付いた。
目を丸くして見ていたが、それからがさらに面白かった。

先に逃げおおせていた細野さんがクモの糸の上から、お前たちは来るな!糸が切れそうだ。と言ったときに野田さんが、てめえの股はくぐらねえ!行くものか!と見得を切って見せたのは見事だった。
あれで野田さんはだいぶ男を上げた。
細野さんは、いきなり偽助六にされちゃって、かっこ悪くて隠れるしかなくなった。
かわいそうなのは何とかなだれ込んだ連中で、全員偽助六の股をくぐったことになってしまった。
どうも、あれで勝負は決まったようだ。

さらに、緑のタヌキが思い上がって、高師直が地位をかさに着て桃井若狭之助や塩冶判官をいじめたような感じになってしまったからたまらない。
急転直下、忠臣蔵の敵役になってしまった。あの人はもうだめだね。あれ以上日本人に嫌われるタイプは居ないわけだから。
ものすごく恨みを買ったから、そのうちに討ち入りされて首を取られる。

さらに連想をたくましくするとハニトラにハマった前原さんは、殿が殿中で刃傷になった一大事の時におかるに誘惑されて情事していた早野勘平と重なって見える。
人が好いが軽はずみで、そそっかしいくて気が弱そうなのもそっくりだ。いずれ、一人で空しく切腹するはめになるのかな?
でも、そそっかしく切腹したせいで四十七士に加えられたように、民進党のゴルバチョフと後の世に讃えられる時が来るかもしれない。

じっと控えめに耐えて見せた枝野さんが義経に成りおおせて判官びいきされたのも面白くて、ほとんど歌舞伎十八番だった。


今回の大立ち回りを見て、日本の選挙や政治の素晴らしさがやっと分かった。
識者らしき人が、さんざん日本の政治や選挙の在り方にケチをつけるのを聞いて僕もそうだそうだと思っていたが、洗脳されていただけだったような。
偉そうな進歩的文化人とやらは、昔から漢学者・蘭学者などと外国かぶれしてピントがずれているのが知識人なわけで、今に始まったわけじゃないが、ほんとに迷惑だな~

欧米などは、政策を打ち出して討論会を開いて、私についてきなさい!と言う候補を、個人主義の有権者がじっくり品定めして投票したとしても、相手はもっと利己的でウオール街や石油メジャーや軍産複合体のエージェントだったりするから、結局あちこち地の果ての戦争に駆り出されるだけのようじゃないか?
日本では、義理(会社や組合や宗教団体)と人情(好みのタイプの候補者)を秤にかけて投票先を決めるわけだから、政策なんて聞かなくたって構やしない。
候補者は誰も政策なんて考えていないということが、この騒ぎでほんとに見事に明白になったものだ。
どうせそうに決まってるから聞かないわけで、義理と人情で選ぶ方が賢いのだ。

しがらみのないとか、リセットとか言ってみても、一時流行るだけなわけで、日本の民主主義は立派だな~
いい歳になっていまごろ気が付いたわけだけれど、幸せな気分だ。




あれやこれや | コメント(1) | トラックバック(0) | 2017/10/25 18:35

発見 慶派の仏師たちは人のあごが右前にあることを知っていた

 日曜日に、上野の国立博物館で運慶展を見てきた。
ちょうど開館時間に合わせて行ったら、チケット売り場がものすごい行列で、その後も博物館の広い庭に延々と長い行列が出来ていた。
昨日までの小雨模様がすっかり上がってカンカン照りに近くて、友人と汗をかきながら1時間並んだ。
先月末から始まったばかりの最初の連休の日曜日だったせいなのか?運慶の人気に驚いた。まさか、並んで待つとは思わなかった。

僕は、運慶の実物はほとんど見たことがなく、とても楽しみに行ったのだが期待をはるかに超える仏像の数と迫力で、しびれてしまった。
日本一を超えて、世界一の彫刻家であると思う。
これほど深みのある彫刻は見たことがない。とんでもない天才だ。

しかし、僕はというと、最初の仏像を見たとたんに顎位診断を始めてしまった。
習い性というか、浅ましいというか、結局すべての仏像を顎位診断しないではいられなかった。

ある程度予想はしていたけれど、まさか、ほとんどすべての仏像が 右前顎位 とは思っても見なかった。
大日如来坐像のような金箔の仏様でも左右対称ではなく、微妙に右前顎位なのだ。
それは、運慶だけではなく、父親の康慶、息子の湛慶,康弁、それに、快慶の仏像も皆右前顎位だった。
慶派の仏師は、人の顔はあごが右前にあるということを知っていたということなのだろうと思う。
だから、様式化しているご本尊の仏像も左右対称にはせず、少しあごが右にある。
たぶん、完全な左右対称にすると、マネキンやロボットみたいになって、仏性を感じなくなるんだろうな~

もちろん、実際の患者さんでは左前顎位の人もいる。
しかし、それは相当少数派だ。
今度の日曜日の直研の大会で、僕は義歯について講演する。
総義歯の患者さんは、ほとんどが右下がりの右前顎位だ。
神聖な天然歯ではない人工歯の総義歯の患者さんに限っては、顎位は右下がりの右前顎位ということに決め打ちでいいように思う。

運慶展
やじろべえ | コメント(1) | トラックバック(0) | 2017/10/11 16:58

お東先生の修行と覚り

お東先生がコメントを寄せてくださったが、ホントにたった2日間のセミナー受講でラッパ上人の教えを深く理解して即座に失敗せずに実践できているということは、驚くべきことだ。
お東先生にとっては、最高にコストパフォーマンスが高いセミナーだったろうと思う。
運がよかったのか、もともと理解力が並外れた天才だったのか?

コメントに少し答えが書いてある。

>自分のひどい噛み合わせを少しでも良くしたいという思いで1990年から噛み合わせの勉強をしてきました。

長く修行してきて、27年目で開眼したということだ。御釈迦さんの故事を連想してしまった。

御釈迦さんは、一人の村娘からいただいた乳粥を食べて菩提樹の下で瞑想して悟りを開いた。
たぶん、その村娘は他の苦行僧にも同じように粥を喜捨していたはずだが、完全な悟りを開いたのは御釈迦さんだけだった。
それは、御釈迦さんだからで、悟りを開く前にたまたまお粥を食べただけで、別にそれがハンバーガーでも変わらないんじゃない?と思うがそうではなくて、ちょうどその時の乳粥じゃなければいけなかった。
それは、死にそうなほど苦行で衰弱しきっていたからで、そのお粥によって難行苦行は意味がない。中庸こそが大切なのだと修行方法を反省して瞑想したから悟ることが出来た。
でも、その前の修行が無いと、お粥さえ食べたら悟るわけではないことは明らかだ。

お東先生は、いろいろな咬合関係のセミナーを受けたり深くかかわった流派もあるようだが、私が注目するお東先生の修行による素養は、その深くかかわった流派の流れからだと思うが、整体の勉強をしたりして、筋の触診をマスターされていたのが大きいと思う。
咬合治療というものは、骨と関節と筋の働きによる歯のかみ合わせなのだから、基本的には整体に所属するものだと思う。
しかし、歯科医は大学で西洋医学しか教わらず、東洋医学や整体などについて知識もなければ、関心もない。
西洋医学では、整形外科が専門家のようにいわれているが、そこは手術が専門であって、整復とかリハビリテーションとかにおいては、付け足しというかひじょうにレベルが低い。
医療の中のヒエラルキーによってゆがめられて認識しているので、なかなかそこが分からないわけだ。

明日から2日間また、ラッパの先生のセミナーが開かれる。
この前受講してみて、素晴らしい組み立てのセミナーなので、基本的にはそのままでいいと思うが、触診のやり方と受講者相互の触診実習体験を充実させたらより良いと感じた。
咬合治療に関しては、女医さんは一般的に理解が早くて腕もいいように思う。
それは、女性はもともと成長とともに体が大きく変化し、生理があったり、肩こりに敏感な体なので、身体感覚的にすぐ分かるからだと思う。
美容のためにストレッチやエクササイズなどにも関心が高く、ほとんどの女性は何らかの実践体験を持つ。
それに比べて、男は体で考えることが無く、知識と論理だけで考える傾向があるから「咬合と全身にはエビデンスが無い」などといったバカげた思考停止・見ざる聞かざる状態に陥りやすい。
女医さんでそんなことを言うのを聞いたことが無いから、身体性が薄い男の通弊だと思う。
それに、慣れてないというか、触診にビビってしまうところがある。
つい、セクハラなんて言葉が浮かんでしまう。僕も、最初はなかなか抵抗があった。
女医さんは、触診に対してそんなことを思ったりしたことは一度もないはずだ。
いつもマッサージとかを受けているからね。
電車の中であらぬ所を触診したら逮捕されるけど、要するに場所と目的であって、患者さんがそんなことを考えるわけがないのだ。
そもそも、歯医者がする触診は肩から上しか必要ないわけなのに、身体性が薄い男は、慣れてないとそんなバカげたことまで気になるものだ。

論より証拠。触診したことが無い状態では、咬合が分かるはずがない。実感できないのだ。
CTの画像がどうだとか言っても、触診の手ごたえに比べたら蜃気楼のようなレベルだ。
そこに、整体と整形の差がある。歯科医も同じことだと思う。
出来れば、お東先生にインストラクターになってもらって、触診の基本を指導してもらうと良いように思う。

まあ、でもそんな難しいことじゃないよ。
慣れと、習慣だけだね。


ラッパ亭語録 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2017/08/25 11:50
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