気持ちが揺れた

ついに、29連勝の新記録。
朝から注視していた。期待にたがわぬすごい将棋。
29局の中の、一番の名局だった。

増田四段が、切り札の雁木戦法を繰り出してきた。
この戦法の本を出しているらしく記憶では、帯に矢倉戦法の時代は終わった。時代は雁木!だったような?
エースを投入してきた。
増田四段がものすごく上手く指しまわして、夕方の5時ぐらいに飛車取りに金を打たれて藤井君が長考していた局面では、僕には全く手が見えなくて、これで終わりなのか?と思った。
僕のような弱いアマなら、あの局面では7~8割負けるように思う。
どうしても、わかりやすい飛車の筋を中心に考えてしまうので、角の筋は見えずらい。

その時は、これで終わりか?という残念な気持ちだったが、局面はほぼ互角に近かったらしく、徐々に盛り返して来たら今度は増田君の気持ちに感情移入してしまう。
藤井君が出てくる前は16歳でプロになった最年少棋士だったわけで、連敗するのはつらい。
僕のような凡人は、どうしても負ける側に感情移入してしまう。
「チャンチキおけさ」とか、「花街の母」は天才にはひどすぎるが、「一本刀土俵入り」のような努力しても届かない才能の壁で負ける、切なくやるせない気持ちの、心が揺すぶられるような実存の不条理の美学とでも言うか?

僕はつい、増田君を応援してしまった。
天才どうしでも、1番目と2番目がある。
例えば、相撲では大鵬と柏戸。将棋では大山と升田。中原と米長。マンガでは、あしたのジョーと力石。星飛雄馬と花形満。
どうしても越えられない壁がある。
この壁がどこに在るのか?と考えてしまうが、藤井君の記者会見がその答えだったように思う。
将棋界に限定して言えば、大山、中原、羽生がその時代の第一人者だった。
必ずライバルがいて、大山には升田、中原には米長、羽生のライバルは居なかったようにも思えるが、十八世名人の森内だろうか?これらの2番手のライバルは、記者会見や折に触れて、感動的な言葉を言う。
名言を残す。美学がある。
解説していた、十七世名人の谷川も美学の人だ。しかし、第一人者の時期は比較的短かった。
それに対して、上に挙げた第一人者は、必ず全く当たり障りのない平凡なコメントしかしない。
これが、第一人者と二番目の違いなのかもしれない。
本業で勝つことだけを目指していて、それ以外でウケるということに価値を見いだせない人だけが、第一人者に成れるのかもしれない。

この負けは、増田君にはひびいただろうな~
こういう大一番に勝てるかどうかで、序列が決まるところがある。
19歳で、崖っぷちに立たされたようなショックではないかな~
でも、この二人はこれから先、抜きつ抜かれつのレースを繰り広げることは間違いない。

それにしても、英雄を見ることは心が沸き立つ。



あれやこれや | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/06/27 00:44

加藤九段が語った、最大の危機

ついに、藤井君は28連勝。
新聞の号外まで出た。すごいな~
それに、羽生と違って全くカリスマ性を感じない、普通の中学生にしか見えないところが可愛くていい。

ところで、先日引退が決まった加藤九段なんだけれども、前歯が4~5本派手に欠けていて、とてもかっこが悪い。
まあ、ブタブタに太っていて、ほとんど一切見た目に気を使わない人だから、それも天然キャラとして似合っていないことも無いけど・・・
ネットの記事にそのことに触れたものがあった。

 質問: 加藤先生は、どうして前歯の虫歯を治さないんですか?

 加藤九段: 昔、前歯を入れたときに、急に将棋の指し手が浮かばなくなって困った時期があって悩んでいたら、あるバイオリニストが前歯を治療した後にバイオリンが上手く引けなくなって苦しんだという記事を読んだ。
それですぐ、歯医者に行って前歯を外してもらったところ、以前のように手が浮かぶようになった。
だから、私は前歯は治療しないことにしているんです。
あの時は、私の棋士人生の最大の危機でした。

まあ、単なるユーモラスな変人のエピソードぐらいに紹介されていた。
たぶん、歯医者が怖くて行きたくないものだから、そんな理由付けをして自分に言い訳してるに違いない。
誰だって、そう考える。
でも、僕らから見たら、これは完璧なスウィング干渉の症例に見える。
前下がり顎位のタイプに前歯の蓋をしてしまった症例に違いない。

今の加藤九段を見たら、でっぷりと太ってはげあがった赤ら顔の典型的なブラキータイプ(四角いガッチリとしたあご)のオジサンに見えるのだが、若かったときはすごい美男子だった。
高校生の時に、学生服で大山名人に挑戦した。すらっとして、ものすごくかっこよかった。
その頃は、僕は小学生だったし将棋にも興味が無かったので、後で見た写真での印象だけれど。
僕がプロの将棋を見るようになった時には、あれほどではなかったけれど、すでに太っていた。 
人間は、全く解らないものだ。藤井君が将来あんな感じになることだってあり得る。ちょっとやだな。
神武以来の天才と言われた頭もルックスも最高の天才が、はげで庄屋さんのような大山名人に何度挑戦しても跳ね返されて、次には中原にも抜かれて、もう、将棋のこと以外一切構わない半分きちがいのようになった。
そして、クリスチャンの求道者タイプだから徹底していて、その将棋に対する姿勢はまさに無我夢中、神に祈るように指している。

その記事を見て、若い時の加藤九段を思い出してみたら、ドリコタイプのしょうゆ顔だったような気がする。
それならば、加藤九段の棋士人生の最大の危機という言葉にうなづける。恐ろしいものだな~ 
何か、頭がしびれたようになって、何も考えられなくなった。というようなことを言っていた。
そのバイオリニストも、加藤九段もプロ中のプロだからこそ、炭鉱のカナリアのような感度で、その原因が入れた前歯にあるということが分かったのでしょう。
並の人間なら、とても気が付かないはずだ。
スウィング | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/06/22 15:10

ひふみんの引退

加藤一二三九段が今日の対局に負けて、今日限り引退と確定した。
何年か前から、加藤九段は将棋の実力ばかりではなくて、その特異なキャラクターが受けて芸能人としてフィーバーしていた。
「ひふみん」という愛称であちこち引っ張りだこで、天才と・・・は紙一重キャラを本人も楽しんでいたように思う。

今日が引退であろうということで記者団が詰めかけていたが、記者会見どころか感想戦も無しで投了したらすぐ立ち上がって家に帰った。
記者団は憤懣やるかたなく、急遽お詫びの会見に出てきた将棋連盟の理事に詰め寄っていたが、どうなるものでもないことは明らかだ。
面白かったな~

加藤九段はカソリックのクリスチャンで、原田九段という大変文才がある棋士が、自分との将棋で朝の10時からの順位戦で深夜になって持将棋という引き分けになって、指し直しまでの30分か1時間の休憩時間に、加藤九段が窓辺に立って涼しげに讃美歌を歌っていた。それを聞いて、息も絶え絶えに疲労していた自分は、これは勝てないと悟ったという話を書いていて、伝説になっている。

その敬虔なクリスチャンが、相手が指した必至(必ず詰む手)の後に退席して20分も帰ってこなかった。
詰んでいるんだから、負けましたと投了する儀式があるだけだ。
解説者は、気持ちの整理のためとか、これまでの長い棋士生活を振り返っているためとか、いろいろ推察していたが、実は加藤九段はタクシーを呼んで、それが到着するのを待っていただけだった。
靴もそろえていて、タクシーが来たのを確認した後すぐ対局室に戻って投了して、サッとタクシーに乗って家に帰った。
感想を聞こうと待機していた記者団は憤懣やるかたなく、将棋連盟の理事が並んでお詫びすることになったということなのだ。

これはいったいどういうことなのか?敬虔なクリスチャンなはずではないか?と多くの日本人は思う。
詰めかけていた記者団に対する配慮が無ければいけないし、そもそも、対戦相手に著しく礼を欠いているのじゃないか?
将棋連盟の一員として、会に迷惑を掛けることをどう考えるのか?普通は、そう思う。
それは、クリスチャンに対する思い違いで、勝手な幻想にすぎない。
加藤九段こそが、真の敬虔なクリスチャンなわけだ。
神と自分の1対1の契約以外に配慮するものは何もなく、はっきり言ってどうでもいい。
これこそが、真のクリスチャンなわけだ。
南アメリカでインカを皆殺しにして、北アメリカでインデアンを大虐殺して、アフリカから奴隷を輸入して、広島長崎に原爆を投下したことと信仰とは全く矛盾しない。
そのことを、我々日本人は理解できなくて、いろいろ忖度した挙句見ないようにしているが、原理原則そのままで、聖書に書いてあるとおりにきっちりしている。
神と個人との関係だけに生きる人がどのようなものなのか?を、軽く、面白く、わかりやすく示してくれたのが、今日の加藤九段であったように思う。
原理原則の人らしくて素敵だった。





あれやこれや | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/06/20 23:55

昨日の将棋はすごかった

昨日は、藤井聡太くんと瀬川晶司の順位戦。
なんと、朝の10時から終局まで特別に生中継していた。
12時間以上見ていた。もちろん、仕事中はチラ見だけれど・・・

瀬川晶司は、藤井君が4段のプロになったのと同じ14歳から(遅すぎる)奨励会に入り、26歳までに四段になれず年齢制限で退会。
会社勤めをしながらアマチュア大会で活躍して、アマが参加出来る棋戦でプロに勝ちまくり、特例として奨励会員との対局試験を受けて35過ぎてからプロになったという、一時話題になった異色の棋士。執念の人だろうか?
すごい作戦を立ててきて、藤井君はその作戦にスポッとハマって作戦負け。
どうするのか?と見ていたら大長考して、微妙によく解らない難しい角を放ったのを境にスルッと体を入れ替える感じで、いつの間にか優位に立って、どんどん優位を拡大して寄せに入った。
やはり、天才と努力の人では才能が違いすぎる。どだい無理なんだよ。と見ていたら、じっと死んだふりをしていたようで、実は罠を仕掛けていたようだ。
藤井君はつい油断して、2度目の罠に嵌ってしまった。
9時ごろに桂をはねた一手で急に優劣不明になった。どうも、逆転していたのかもしれない。
さすがに、人生を掛けた編入試験の大勝負をクリアした勝負師だ。恐れ入った。
しかし、もうその時には6時間の持ち時間が切れて1分将棋になって、時間に追われて惜しくも大魚を逃がした。
しかし、それにしても、コクのある勝負だったな~ しびれた。

ものすごい数のカメラマンのシャッター音とフラッシュ。これで、26連勝。どこまで勝ち続けるものか?
今まさに、羽生に代わる英雄が誕生する時に出くわした。
羽生の時は、ネットが無かったので新聞や将棋雑誌で見るだけだったけれど、今はすべて映像付きでリアルタイムだ。
これはもう、たまらん。
勝ちまくるから、すぐ対局が付いて、しょっちゅうやってる。
この前の土曜日は東京にいたので、千駄ヶ谷の将棋会館まで行ってきた。夜の8時過ぎ。25連勝目の時間。し~んとしていた。
いま、昨日の将棋の録画を見ている。昼休み、昼食後ずいぶん早く着席して、一人で考えている。
不安げに見える。頼りなさそうな少年がポツンとそこにいる。グッとくる、美しい映像だ。
きゃ~藤井君カワイイ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆!!! 
何も手に付かない。僕はもう、追っかけ状態。
藤井君が負けるまで、ブログはお休みします。

あれやこれや | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/06/16 15:11

ネットのありがたさ

この前、ラッパの先生のセミナーに行ってきた。
その感想などは、後ほど書くことにしようと思う。
ラッパの先生とあごろべえ先生が、僕のこの前の推薦図書を読んでくれて、それぞれ感想を述べてくれた。
すぐ読んでくれたことがありがたい。

僕は戦後少ししてまだ占領中の生まれだから、戦前の戦争の中心にいた大正世代が親であるし、祖父は明治の生まれだ。
だから、小学生の頃からの当時の大人たちの気分をある程度知っている。
子どもの頃、僕の家にはテレビがあったので、プロレスの時間になると近所の人が7~8人も見に来た。
プロレスは例外で、その時間だけは居間を開放して誰でも歓迎だった。
そして、外人レスラーのずるがしこい凶器攻撃に一喜一憂して叫びながら見ていた。
トランクスに凶器を隠してレフェリーに見えないように取り出そうとすると、テレビを見ているおじさんたちが、持ってるぞ!気を付けろ!レフェリーちゃんと見てろ!と叫ぶ。テレビの向こうに聞こえるはずがないのに。
力道山は散々卑怯な凶器攻撃を血だらけになって耐えるが、ついに我慢の限界が来て空手チョップで悪どもを成敗する。
毎回このパターン。僕は子どもだったが、なんでこんな見え見えのやらせに大人たちが夢中になっているのかが分からなかった。わりと冷めてみていた。
しかし、今になって考えると、真珠湾攻撃を再演しているような感じだ。あの時、日本中がうっぷんが晴れて喝采したらしい。
日本は正しかったのに、ずるがしこいアメリカに卑怯な手段で負けたんだという怒りと悲しみがみんなの心の底にあったのだと思う。
プロレスは、その悔しさを晴らしてくれる。日本中が夢中だった。あれに匹敵するスポーツや興行は、いまだかって無い。
日本が侵略して悪かったなんてことを思っている人は居なかった。実際に戦った者が分かっている。
少年というマンガの月刊誌や、その後、少年マガジンのような週刊誌も、グラビアは戦艦大和、空母赤城、ゼロ戦、隼、紫電改と言った戦前の日本軍の雄姿ばかりで、マンガも紫電改の鷹とか、サブマリン何とかとか、戦前の日本軍の勇気凛凛の話に満ちていた。プラモデルの同じだった。
漫画家たちも気持ちは一緒だった。戦争中に小中学生だった人たちが当時の少年漫画を描いていたのだと思う。ホントは、自分も出撃したかったのだろう。気持ちが伝わってくる。
それがすっかり影を潜めて、白土三平のカムイ外伝とか、マルクス史観のものに変わっていったのは僕の高校時代で、手塚治虫までが、奈良の大仏殿が奴隷のように働かされた農民の犠牲で出来たようなことを描いていた。
聖武天皇の立派な詔勅を知らなかったようだ。
それほど、マルクス史観が浸透してしまっていた。
その前に、ビートルズのような反抗的で行儀が悪い歌手たちが登場した。
ちょうど反抗期の中学生たちに、それらすべてが心地よい追い風だった。

戦後の教育を受けたものが表面に出てきた時期と一致している。
体制に反抗することが、正しい態度となった。
僕は、戦前の世代の方が、正直で礼儀正しい立派な人が多かったと思うが、時代が下がった世代の人たちには潮流が定着してしまっているので、戦前は暗黒だったという感覚があるのではないだろうか?
それらが、いま振り返ってみると、すべて作られたものだったことがよく解る。
大学とマスコミを支配すると何でも出来るようだ。

今は、歴史認識とか言うらしいが、ちょうどマスコミのような戦後の利得者と、ネットの素朴な感覚との戦争の真っただ中のようだ。
日本だけではなく世界中が同じようだが、ネットがあることはありがたい。
その中でも特に日本のリベラルが何かうすら寒く攻撃的なのは、負けたことを肯定して、敵側の価値感におもねる卑屈なねじれの矛盾から来ているように感じる。
あれやこれや | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/06/06 00:00
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