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ネットのありがたさ

この前、ラッパの先生のセミナーに行ってきた。
その感想などは、後ほど書くことにしようと思う。
ラッパの先生とあごろべえ先生が、僕のこの前の推薦図書を読んでくれて、それぞれ感想を述べてくれた。
すぐ読んでくれたことがありがたい。

僕は戦後少ししてまだ占領中の生まれだから、戦前の戦争の中心にいた大正世代が親であるし、祖父は明治の生まれだ。
だから、小学生の頃からの当時の大人たちの気分をある程度知っている。
子どもの頃、僕の家にはテレビがあったので、プロレスの時間になると近所の人が7~8人も見に来た。
プロレスは例外で、その時間だけは居間を開放して誰でも歓迎だった。
そして、外人レスラーのずるがしこい凶器攻撃に一喜一憂して叫びながら見ていた。
トランクスに凶器を隠してレフェリーに見えないように取り出そうとすると、テレビを見ているおじさんたちが、持ってるぞ!気を付けろ!レフェリーちゃんと見てろ!と叫ぶ。テレビの向こうに聞こえるはずがないのに。
力道山は散々卑怯な凶器攻撃を血だらけになって耐えるが、ついに我慢の限界が来て空手チョップで悪どもを成敗する。
毎回このパターン。僕は子どもだったが、なんでこんな見え見えのやらせに大人たちが夢中になっているのかが分からなかった。わりと冷めてみていた。
しかし、今になって考えると、真珠湾攻撃を再演しているような感じだ。あの時、日本中がうっぷんが晴れて喝采したらしい。
日本は正しかったのに、ずるがしこいアメリカに卑怯な手段で負けたんだという怒りと悲しみがみんなの心の底にあったのだと思う。
プロレスは、その悔しさを晴らしてくれる。日本中が夢中だった。あれに匹敵するスポーツや興行は、いまだかって無い。
日本が侵略して悪かったなんてことを思っている人は居なかった。実際に戦った者が分かっている。
少年というマンガの月刊誌や、その後、少年マガジンのような週刊誌も、グラビアは戦艦大和、空母赤城、ゼロ戦、隼、紫電改と言った戦前の日本軍の雄姿ばかりで、マンガも紫電改の鷹とか、サブマリン何とかとか、戦前の日本軍の勇気凛凛の話に満ちていた。プラモデルの同じだった。
漫画家たちも気持ちは一緒だった。戦争中に小中学生だった人たちが当時の少年漫画を描いていたのだと思う。ホントは、自分も出撃したかったのだろう。気持ちが伝わってくる。
それがすっかり影を潜めて、白土三平のカムイ外伝とか、マルクス史観のものに変わっていったのは僕の高校時代で、手塚治虫までが、奈良の大仏殿が奴隷のように働かされた農民の犠牲で出来たようなことを描いていた。
聖武天皇の立派な詔勅を知らなかったようだ。
それほど、マルクス史観が浸透してしまっていた。
その前に、ビートルズのような反抗的で行儀が悪い歌手たちが登場した。
ちょうど反抗期の中学生たちに、それらすべてが心地よい追い風だった。

戦後の教育を受けたものが表面に出てきた時期と一致している。
体制に反抗することが、正しい態度となった。
僕は、戦前の世代の方が、正直で礼儀正しい立派な人が多かったと思うが、時代が下がった世代の人たちには潮流が定着してしまっているので、戦前は暗黒だったという感覚があるのではないだろうか?
それらが、いま振り返ってみると、すべて作られたものだったことがよく解る。
大学とマスコミを支配すると何でも出来るようだ。

今は、歴史認識とか言うらしいが、ちょうどマスコミのような戦後の利得者と、ネットの素朴な感覚との戦争の真っただ中のようだ。
日本だけではなく世界中が同じようだが、ネットがあることはありがたい。
その中でも特に日本のリベラルが何かうすら寒く攻撃的なのは、負けたことを肯定して、敵側の価値感におもねる卑屈なねじれの矛盾から来ているように感じる。
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あれやこれや | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/06/06 00:00
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