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ピカソの色

田中英道先生は、この前紹介した本の中で、リベラリズムの先駆けは印象派だということを言っている。
びっくりする発想だけれど、美術史家ならではの視点で、思想と芸術はリンクしているということなのだ。
というよりも、デカンショやマルクスやサルトルばかりが思想ではなく、芸術の中に表現されているものが思想で、縄文土器の中に縄文人の思想を観るというわけだ。
美術は印象派からダメになったということをずーっと主張しているのだが、よく分からなかった。
現代美術は全部ダメだという意味が、この本を読んでやっと解ってきた。
全て、美の対極にあるマルクスの影響を受けているので価値が無いということなのかもしれない。
唯物論からは、美は生まれないということなのでしょう。
しかし、田中先生が否定する印象派は僕もさほど好まないが、先生が高く評価するルネサンスに関しては興味を持てない。
宗教と風土が違うからかな?歳を取ってきたら、仏像や日本画が好く見える。

僕は、ピカソとマチスとミロが好きだ。田中先生に言わせると美の破壊者らしい。
以前スペインに行ったときにミロ美術館に行って、ミロの絵に石垣のようなやけに具象的な表現が入っている絵が何枚もあって、今までミロの絵にそんな表現を見たことがなかったので帰りの車の中で市街地を眺めていると、古い建築の壁や塀に似たような崩れかけた石垣があった。
あらら、これらを書いたのかしら?と思って街をよく観察していると、旧市街から新市街に入ってガラッと変わった街並みを見ているうちにハッと気が付いたことがある。
これはピカソの色だ!と気が付いた。
僕はピカソの晩年の絵が大好きで、その色調はグレーやピンクやベージュが主で、みんな白の絵の具を混ぜた濁った汚い色の組み合わせなのに、クールで現代的なシャープな美しさなのが不思議だった。
その新市街の飾り気のないモルタルに塗られた壁の安手なペンキの色が、晩年のピカソの色調とそっくりだった。
日本でもモルタルに塗ってあるペンキの色はほとんど同じ、いかにも安手だが当たり障りが無い色というか?
なるほど、このような色の組み合わせは普段から見慣れているんだ、ということに気が付いた。
そして、現代的でクールに感じるのも、現代の人工的な色調だからなのでしょう。

何年か前の印象的な発見だったけれど、現代の街並みの世界共通のつまらなさと、リベラリズムの平板さとの関係で思い出した。
やはり、ピカソが美しく見えるのは、僕が自分の意に反してリベラルな現代人だからなのでしょう。


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あれやこれや | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/05/19 19:08
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