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大乗 咀嚼スウィング宗 ーラッパ上人を念仏しようー

シロナソグラフという、奥さんに輪をかけてままにならないME機器には、買った先生のほとんどが敬して遠ざかるようになるようだ。
たぶん、あの機器を完璧に使いこなせたのはラッパの先生一人だけだろう。

この前のラッパの先生のデモの後、最近になって、もしかして今ならある程度使いこなすことが出来るかもしれないと思い始めた。
期待が裏切られるストレスでイライラしていやになってしまったのは、咬合に対する認識が足りなかったからだろう。
咬合は、顎位と顎運動に分けて教わった。
まず、顎位を定めて、それから顎運動を整える。
全く当然で、疑問の余地が無い常識だった。今でも、ほとんどの先生はそのように考えているはずだと思う。
ところが、あごろべえ先生のスウィング現象の発見によって大転換が起こった。
スウィング現象の方が先で、それによってすべてが定まってくるという動きが主体となる認識の転換だ。
それに、僕の頭が長い間付いていけなかった。
咀嚼運動の調整は、シロナソのループでしか判定できないものだと思い込んでいたのだ。
そうではなかった。だが、思い込んでいるから、いつも用いている首と肩の触診などをその時に併用することが無かった。

ラッパの先生が、咀嚼運動の調整をして、肩こりが治った。とか、よく報告してくれたのだが、長い間それが理解できなかった。
あの正直が服を着ているようなラッパの先生が言うんだから間違いないだろうとは思ったが、咀嚼の調整をしても顎位が変わるわけではないから一過性の改善に過ぎないのじゃないか?と思ったのだ。
たぶん、それは僕ばかりじゃないと思う。王将先生も、王将式DS治療の最初の頃は顎位のリシェイピングをしていた。
それをしないと永続的改善=治癒は無いと思っていたからだろう。
岩ごろう・熊ごろう先生が、その辺の理解は一番早くて、相当前から応用していたようだ。

干渉=運動の阻害こそがすべての原因という、位置から動きに認識の大転換をして初めて理解出来るようになった。
それは、あごろべえ先生が、いつも言っていたことだったのだけれど、強固な思い込みがあって、理解しているつもりで解っていなかった。
そんな状態が3年ほども続いたような気がする。
だから、当時はシロナソのループを見て一喜一憂するしか無くて、ループが良くならなかったら誤診とか外れと思いこんでしまっていた。
事前にシロナソを採れば、どんな問題があるのか分かるわけで、術後のループが思ったようでなくとも、シロナソのループを決める第一のポイントを外した(ダメだけど)だけであって、第二番目、3番目の干渉部位は取れていて、肩の触診や姿勢やフットビューの足裏重心には多少とも変化があったに違いない。
おかしな刷り込みによって、シロナソ至上主義に陥っていたことに気が付いた。
つまり、思い切って言うと、診査・検証法の一つに過ぎないわけだ。
咀嚼運動の調整は、スウィング干渉調整の便宜法というか、方便品ととらえることも出来ると考えた。

仏教が、御釈迦様の祇園精舎での厳しい修行方式から、大乗の楽して儲けるスタイルに変わって最後は念仏を唱えるだけでOKとなったように、ラッパの先生が厳しい修行をして悟り周辺に楽に近づく方法論を確立してくれたから、僕らはラッパ上人を拝んで毎日念仏するだけで罪(削りすぎ、補綴しすぎなどの過ぎた行為)から救われるはずだ。
つまり、ラッパ上人の確立した宗派は「大乗 咀嚼スウィング宗」と呼ぶべきではないか?
この前、亀仙人に似ているとか失礼なことを言ったが、和尚さんが一番ぴったりすることに気が付いた。
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ラッパ亭語録 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/07/19 16:27
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