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天皇陛下のご存在

今日は、今上陛下のお誕生日で、前日の猛吹雪がすっかりおさまって、稚内で宗谷名人戦という地元紙が主催する稚内エリアのプロのような一年間を掛けて行われるアマチュア棋戦のトーナメントの将棋を戦ってきた。
持ち時間それぞれ四〇分で、アマチュア棋戦としては各段に長い。よい棋譜は地元の新聞に解説付きで掲載される。
稚内は、プロ棋士を2人も出している将棋の町で、北海道ブロックの将棋連盟の支部団体戦では常に優勝争いの1~2番手にいる。
今日は、一回戦で三段に勝ち、地方にいるからということでもう一戦戦ってきた。
五段の強豪と乱戦を戦い、最後詰みを逃して惜敗した。
負けた将棋ではあるが、掲載されるようだ。
最近はほとんど将棋を指していないのに実力以上のものが出せて、充実した日だった。

将棋は、僕の一番の趣味だが、素晴らしい日本文化だと思う。
稚内に行く車の中で陛下の誕生日のことを思いめぐらしているうちに、日本の文化が多様で洗練されているのはやはり、皇室のおかげであると今更ながら感じた。
皇族は全て歌人で、音楽の演奏家も多い。更にそれぞれが生物学などの研究もされている。
皇室は諸外国の王のように武力ではなく、文化で国を治めてこられた。

僕は宗教書も趣味で、さほど日常接しているわけでは無いが、いつもそれらを考えている。
今日、車の中で思ったことは、神道にはなぜ教義が無いのか?ということだ。
キリスト教や仏教やイスラム教など、どれも壮大で精緻な教義を持っている。
ところが、神道は祝詞をあげて祓い清めるだけだ。
このことについて、やっと分かった。

西暦二〇一四年だから、イエスが誕生してそれだけの時間が経った。
釈尊はそれより五〇〇年ほど前に誕生していた。
それと比較するなら、我が日本では皇紀二六〇〇年を超える信仰のとてつもない歴史を持っている。
万世一系の天皇が文化の力で国を治めてきた。
宗教の教義の意味をよくよく考えてみると、教祖の考え方行動を勉強して、それを見習えということなのではないか?
神道に教義が無いのは、万民が見習うべき天皇が存在するので必要が無かったのでしょう。
紙に書いたことで教祖を見習うより、生きている存在の方が数段上だ。
過去も現在も、日本人は世界で1~2の品格を有していると思うが、それは天皇陛下のご存在の賜物だと思う。
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あれやこれや | コメント(1) | トラックバック(0) | 2014/12/23 23:07
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