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チャンピオン

彼の天才とは、どのようなものだったのか?

以前僕は、丸山先生に教わっていた時にマスティキュレーターという咬合器を知った。
プラスチックの2個組で3千円?程度のちゃちな咬合器だったが、咀嚼運動を再現するには当時はその咬合器しかなかった。
彼にその咬合器のことを言うと、以前から使っているという。
普通の咬合器では残存歯のファセット(歯の減ったところ)が合わないときに、それに付け替えて調整するのだそうだ。
さらに、僕の採ったバイトが合っているのかどうかを徹底的に調べる。
バイトと支台歯の適合を顕微鏡で隅々まで調べる。さらに、ファセットとの関係などを総合判断して、なんと!僕のバイトを勝手に修正して付け替えて作っていたことが分かった。
それが彼にとっては当たり前なのらしい。
だから、フルマウスの補綴などの時には、咬合器付着に4時間もかけるという。模型製作などではなくて、バイトと模型の適合状態を診査して問題点を見つけ出すのにそのぐらいの時間をかけるのだ。
徹底的にこだわる。だから、時間はいくらでもかかるわけだ。技工作業が遅いわけではない。
これらのことは自慢げに宣伝したことではない。僕の質問に、すみませんと謝りながら答えた言葉だ。
彼は、口が駄目だということ以上に、作品で勝負するんだという信念があったのだと思う。
歯医者もそうでなければいけないのだが、歯医者は素人の患者さんを相手にしているので、その辺がイージーだ。
患者さんは、建物とか、内装とか、雰囲気に騙される。その辺にたけている歯医者なら、いくらでもイメージ操作できる。
でも、技工士はプロを相手にしている下請けなわけで、口先が通用するわけがない。
引きこもりの付き合い下手の人間に取っては、ほんとにやりがいのある仕事だったのではないか?

そして、こちらの指示には絶対的に従う。
マスティキュレーターというフラフラとセントリックが定まらない咬合器で何度もフルマウスの補綴物を作ってもらったが、それは大変な苦行だったのではないか?
平均2か月。最高に時間がかかった時には完成まで4か月かかった。
その間、僕は他の模型は彼の弟子に出して時間が空くようにするが、それでもそんなとんでもない時間がかかるのだ。
それはなぜかと言うと、ほかの仕事を全部かたずけて丸一日時間を取って、それだけに集中するのだそうだ。
あちこちと手を付けては、そのような仕事はできないという。
それで、頑張って時間を空けたと思ったらまた模型が送られてきて・・・ということの繰り返しだったのだろう。
あのフルマウスの補綴をさせたのが、病気の元だったのかもしれないな~
それが終わるまでは、すごいストレスだったのではないか?

4か月かかった患者さんは、それを待っている間に仮歯が合わなくなってきて、気分が落ち込んできて大変だったようだ。
しかし、術後はすべての症状が取れた。鬱々とする。首と肩がこる。舌が痛い。腰が痛い。膝が痛くてしゃがめない。など全ての症状が取れた。
術後半年の写真では見事に真っ直ぐな力強い姿勢になっているのが分かる。
我らの立派な本の僕の章に、その彼が心血を注いだ補綴物と姿勢の写真を載せてある。
あのころはそのような補綴でなくてはいけないと思っていた。間違っていた。苦労を掛けてしまった。すまない。

何かないかと思って先週、せめて最後の仕事場に飾ってもらおうと花籠を送った。
電話口で、なんか花道という感じです。と明るい声だった。
吹っ切れた声だった。
彼はいつも、早く仕事を辞めたいというのが口癖だった。
僕らは、あんなに技工を愛している人が、なにバカなことを言ってるんだ。と笑っていたが、ホントは苦しかったのじゃないか?
今は、そう思える。
もうずいぶん前だが野球の衣笠選手が引退した時、アリスの「チャンピオン」という歌がいつも頭に張り付いていたと言っていた。
 
 帰れるんだ これでただの男に
 帰れるんだ これで帰れるんだ

衣笠は、不死身の選手と言われ、長い現役選手の間1度も欠場したことがなかったという。

僕の天才技工士も、全生活を犠牲にして、昼と夜がひっくり返った異常な生活を全力疾走した。
ひげぼうぼうで、歯も磨かず、風呂にも入らないで、技工室にこもっている。と言っていた。
今は、ホッとしているのかもしれない。チャンピオンであることは大変だ。
苦闘の果てについに敗れて、ただの男に帰れた。
お疲れ様でした。ありがとう。
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技工士はアーティスト | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/12/03 00:00
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