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連動ねじれ、逆連動ねじれ

構造医学のとても重要な知見に、“連動ねじれ、逆連動ねじれ”というものがある。
これは何を意味するかというと例えば、頸椎や脊椎や腰椎を曲げる時、つまり、あるベクトルを持つ力が働いたときに、それらが連動してねじれていくか、逆の方向にねじれていくかという現象だ。
どもうも、体というものはただ単純に曲げる、曲がるということは無いようなのだ。
なぜねじれていくかといえば、力をその体のねじれによってやり過ごして、大きな障害を避けるためだ。
しかし、そのために体のゆがみという新たな慢性的な病因を背負ってしまうこともある。

これを歯科に当てはめると、スウィング干渉(頭とあごのつまずき)という力が歯に入力されると、それに連動したり逆連動したりして体がねじれてやり過ごす。
それによって障害を避けられるが、そのために慢性的病因が全身に拡散されることも起きる。


構造医学というのは物理学による医学なわけだけれど、それは体だけではなくて心にも当てはまると言う。
この、「連動ねじれ、逆連動ねじれ」という言葉は、なかなか使い勝手がいい言葉だ。
例えば、これを取り上げるのはチョッと気がさすが今一番ホットな話題である、いわゆる従軍慰安婦問題など当てはまりそう。
従軍慰安婦というポテンシャルエネルギーが加わった時に、その力に連動してねじれていくのか、逆の方向にねじれていくのか?
やはり、体と同じように心もねじれていくように感じる。

従軍慰安婦が性奴隷なのかどうかは分からないけれど、とにかくなんらかの力(強制)が働いたようだから、やはりここは謝罪すべきだ。というのが、連動ねじれ。
いや、もともとありもしないような怪しげなことで謝罪するべきではない。と言うのが、逆連動ねじれ。

このねじれを解析すると、それはまた複雑に輪をかけてねじれていることが分かる。
謝罪すべきだと言っていた人たちは、それをたくらんだ朝日新聞などは別として、日本人の心情に連動したとても素直な人たちだったと思う。
逆に、そんな怪しげなことで謝罪したならば、世界は腹黒いのだからとんでもないことになる。と言って反対運動をした人たちは右寄りといわれているが、案外普通の日本人の感性とは違って、西洋的な感覚を持っている。
最近になってじゃなくて昔から警鐘を鳴らしていた人たちは、世間とかに左右されない一神教的信念と覚悟を持っているようだ。
そのような、右寄りといわれる人たちは、神社をとても大切にする。
しかし、神社が祀っているものは、“自然と世間の集合体”だと思う。
世間は、通常連動ねじれを起こすはずだが、神社の世間は大部分が先祖なので、今の世間とは違う。
だから、ここでも逆にねじれるわけだ。

韓国はキリスト教国だが、日本ではキリスト教徒はいまだかって5%を超えたことがないと言う。
それは、“原罪”というものに、生理的に違和感があるからだと思う。
曽野綾子さんが、純真な子供でも教えなくても悪いことをするでしょう。それが原罪です。と言っていたが、そうかな~
あまりにも、純真な日本的な解釈だと思う。曽野さんは、程度の問題をわざと飛ばしているように感じる。
ちょっと言い方が悪いかもしれないけれど、原罪というのは、インカを滅ぼしたり、インデアンを虐殺したり、アウシュビッツを作ったり、原爆を落としたり、阿片窟とか、奴隷や奴婢を使った非人道的な歴史が刷り込まれている民族でないと実感がないのじゃないか?
あの地中海を挟む地域は、大昔から植民地にしたりされたりの繰り返しでそれが当たり前だったから、船などのテクノロジーが発達したのでそれを世界に拡散したに過ぎない。
だから、西洋人は今でも全く反省していないし、暴力での支配が難しくなったら経済的植民地主義に転換しているだけだ。
大陸や半島という民族が入り乱れる地域がもたらした非人道的な刷り込みが原罪の実感でしょう。
日本人は、そのような歴史がないから性善説の民族だ。
原爆を落とされても、たいして怒っていないのだから・・・
だから、どこかの国が謝れと言っているなら、ちょっと抵抗があるが、謝れば丸く収まる。それでいいじゃないか!と思うわけだ。
ところが、謝ったら彼らはかさにかかってくる。
人を奴隷や奴婢にするのが普通だった歴史を持っている人たちだから原罪を背負っている。
ここでも、また逆連動ねじれが起こっているようだ。

朝日新聞自体がいわく言い難いようななねじれを持っているから、必然的に日本を陥れることになった。
いま、そのねじれがピークに達して、より戻しが始まっている。
この帰趨も、案外物理学的現象なのだろうか?


なにかえらそうな評論を書いて恥ずかしいが、まとめてみないといつまでも同じことを蒸し返して考える癖があるので・・・


      CIMG2389.jpg
         京都岡崎のつる家の庭

庭も建物も料理も職員も、品格が素晴らしくて比類が無いように感じる。
かくありたいものだ。こういうところに行くと、いつも自分の努力が足りないのを反省するが、すぐ忘れる。
台風が近づいてきていて雨だったが、風は無く、雨も素敵だった。
去年は紅葉、今年は盛夏。今度は桜の時期に行きたいな~

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あれやこれや | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/08/21 00:00
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