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臨床現場が発する違和感

僕の良くない傾向に、人の性向をあっちとこっちというふうに二分して分類してしまう癖がある。
その癖は結婚してからのものだ。
僕は、天然というか?ぽーっとしていて、警戒心が乏しくてほとんど先の心配をしない。まあ、皆さんが見たとおりだ。
ところが、うちの奥さんは、きりっとしていて、いつも先々と心配ばかりしている。どうも、性格が正反対なのだ。
そんなことは、ある程度分かっていたのだが、結婚して少しして気が付いたことがある。
先々と心配ばかりしている奥さんが、終わった後は結果がどうであれ一切反省とか後悔をしないで快活なことだ。
いっぽう、僕はといえば、終わってしまってからいつも反省と後悔に苛まれる。
なにせ、あまり先のことを心配しないわけだから、準備不足で失敗することが多い。
それをいつまでも、ぐずぐずと引きずってしまう。それが僕だ。
愚の骨頂で、どちらが現実で成功するかといえば明らかだ。後悔先に立たず。
しかし、いいことが一つだけあって、後悔の方が心配よりもストレスが少ない。
終わったことは変えられないのだから、おのずから諦めと慰めが備わっている。
だから、後悔ばかりしている人の方が、先の心配ばかりしている人より健康で長生きしそうな気がする。
人間の先には死が待ち構えているわけで、心配の種は尽きないし、それは必ず実現する運命だ。
全てはコインの表裏で、そのように人の性向は善悪ではなくてCPUにあるソフトのプログラムだから、一生治らないということを結婚生活で学んだ。


そのような二分法をつい、歯医者にも適応してしまう。
心配派か後悔派かではない。
文献やEBMに依拠する先生と、自分の臨床実感に照らしての納得を求める先生に分かれる。

あごろべえ先生と僕たちで出した書籍「直立動態と心身症状」に、日本構造医学研究所の吉田勧侍先生が序文を寄せてくれてある。
とても難しい文章で、最初に読んだときには、いったいほめているのかけなしているのかよく解らなかった。
一見まるで中身と関係ないような大枠の分類とか、否定を否定してその結果肯定しているような、ちょっと独特なひねた文章だ。
その中に、こんな言葉がある。

 「既存とまったく検証法が違う療法が世の中に受け入れられるには、時のほかに臨床の現場で働いている他の多くの歯科医師の方々が実際に見聞きしてきた臨床現場が発する違和感に対して、どのような見解を持っているのかに大きく左右されます。真摯に従来の方法や既存の療法に対して接した目線で判断されることが判断選択の拠所となるはずです。」

 臨床現場が発する違和感

これに対する態度で、歯医者は二分される。

あごろべえ先生のフォローアップセミナーに3人の先生が来ていた。
ゴールデンウイークの真ん中だったので参加者が少なかったようだ。
この先生たちは僕らの仲間だとすぐ分かった。
僕の中では、もう友達になった。
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初めまして | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/05/12 00:00
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