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歯科と悔い改め

聖書を読んで、悔い改めなさい という言葉を最初に知ったとき、何か嫌な気分だった。
普通我々は、悔いるなどという言葉はあまり使わない。
反省する。程度なら構わないけど、悔いる。となるとよほど悪いことをしたような気がする。
まして、懺悔なんてのは、あなた、どんな凶悪な犯罪を犯したの?という気分になる。

 懺悔の~値打ちも~ない~いけーれど~ 
 わーたしは~捨てーられ~つら~か~~った~

大昔白黒時代に、テレビでヒッチコック劇場というテレビドラマをやっていたが、よく神父さんが出てきて、懺悔の中身がドラマの主題になることがあった。
まことにたわいのないことを懺悔している。
昨日も飲みすぎてしまったとか、今朝ちょっと奥さんに腹立ちまぎれに暴言を吐いてしまった。
どうしよう~奥さんが許してくれるだろうか?とかの類いだ。
そんなつまらないことを神父さんに言ってなんになるの?と思うけれど、精神衛生上いいのだろう。
とても恥ずかしくて他人には言えないようなことでも神父さん相手なら平気なようで、便利な制度だな~と思った。
浮気を懺悔するついでに情事の内容を事細かに説明ししたりするものだから神父さんがつい引き込まれてしまって、相手が帰ってから神父自らが天に向かって十字を切って神に許しを請うとか、まあおおらかな感じだった。

たぶん、聖書の翻訳者が日本人らしく真面目すぎて四角四面なだけで、ただの反省でいいのじゃないか。
一方で、昔牧師さんに聞いてなるほどと思ったのは、悔いるに比重を置くんではなくて改めるということなのだ。ということだ。
反省して、すっかり心を入れ替える。行動を改める。それが、悔い改めだという。
こうなると、ヒッチコック劇場の信者は全く悔い改める気は無いことは明らかで、浄土真宗の本願ぼこりの類いだろうか?
そして、そんなに簡単に改められるわけもなく、また無為に流れてしまう。だから、いつも祈らなければならないわけなのでしょう。


何を言いたいかというと、MFT(口腔筋機能療法)の困難さのことです。
イエスの言葉のように正しく思えるので、なるほど、なるほど。今までの口の使い方を反省して改めようと決心する。
しかし、さほど困難なトレーニングでもないのにしだいに無為に流れてしまって、気が付いたら元の木阿弥になっている。
ただ悔いただけで改めていないからなのだ。
誰から見ても良いことは、自分の立場では、とても苦しいことよね~。
全て、努力が必要とされる。
改めるためには、信仰がいる。
毎日祈るように、毎日欠かさずトレーニングしなければいけない。そのモチベーションが必要なのでしょう。

歯医者というものは、神父さんや牧師さんのような取組が必要とされてきたわけで、現代の歯医者の腕はまさに全人格的なものだ。
昔の歯医者の僕には、苦手だな~
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舌にまつわる問題 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/03/14 00:00
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