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エクソシストと悔い改め

オリンピックから前の話題に戻って、悔い改めの話の続き。
病気の原因は、昔から2つに分けられていた。
外因性と内因性。

聖書でも、悪霊と罪に分けられている。
イエスが出ていけ!と言うと、悪霊は取りついていた人から出て豚の群れに乗り移って崖に向かって突進して落ちて滅びてしまったりした。
悪霊は、腕のいいエクソシストがいると退治できる。
それに対して難しいのが罪だ。
これは、本人が悔い改めるしか方法がない。
これが難しいのだ。

道を歩いていると、家の壁などに「悔い改めなさい」などと書いた真黒な看板を見ることがあるが、ついさっき悪事を働いたばかりならともかく、僕などはつい、ふん。何を偉そうに!余計なお世話だ。という気分になる。
何せ、本人に罪の自覚がない。
僕は聖書を勉強したことも教会に通ったこともないのではなはだ心もとないが、どうも悪いことを考えたり、したりすることだけが罪ではないようだ。
僕は以前、牧師さんにあなたは祈ったことがないでしょう!と叱られたことがある。
たいそうな剣幕だった。祈らないことは罪のようだ。
壁に書いたプロパガンダじゃなくて面と向かって言われたら、僕はわりと素直なほうだから、自分が罪深い人間なように感じた。
だいたいリンゴを食べたり、ヨブが神に潔白を訴えたりすることが罪なわけだから、普通とは概念が違う。
パソコンが偉そうに、「不正な操作をしたので強制終了します」と宣言することがあるが、あれが罪を犯しちゃった状態なのではないか?
つまり、心と体の不正な使用。つい、間違えちゃった状態?
祈るというのは、それについて常に神にお伺いを立てることなのでしょう。
御釈迦さんが、いつも気をつけていなさい。といってるようなものでしょう。

素人が、それこそ偉そうに的外れな聖書の薀蓄を語るのは誠に恥ずかしい。
立派なクリスチャンにギタギタにされそう。
しかし、何を言いたいか分かるはずだ。
悪霊が取りついたというのは、いわゆる気がふれた状態だと思うが、聖書のいう通りなら感染したわけだから、ここでは細菌やウイルスのような外因性の疾患としたい。
罪というのが内因性の病因のことだ。
罪を犯したから病気になった。と言われると、何をとんでもないことを!と反発するが、うっかりして体の不正な使用をしちゃった。とパソコン的翻訳をすればよく解るはずだ。
生活習慣病は、まさに罪を犯したことによる病気だ。

現代医学は、悪霊を退治した。
あとは、罪を悔い改める必要があるのだが、イエスが言うように祈ったり、御釈迦様が言うように気をつけたりする代わりに、エクソシストがその方法論だけを金科玉条にして抗がん剤とか何とか細胞を使って、もういない悪霊を退治しようとするから、治療なのか拷問なのか判らない事態が頻発しているのではないか?


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エビデンス | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/03/06 00:00
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