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ブラッシー

昭和30年台の話。僕が小学生のころ。
うちの歯医者の待合室のテレビを見に、近所のおじさんおばさんがいつも5~6人来ていた。
プロレス中継のとき。夜の八時か九時ぐらいだったと思うけど。
そのころは、まだテレビが無い家が多かったようだ。
うちでも、歯医者の待合室に1台置いてあるだけで、居間には無かった。

あのころは、日本中がプロレスに夢中だった。
外人レスラーがトランクスから凶器を出すのが、はっきり映っている。
でも、間抜けなレフェリーはいつも気が付かない。
おじさんおばさんが、そら!凶器を持ってるぞ!気をつけろ!とか、叫びながら夢中になって見ていた。
みえみえのやらせなんだけど、力道山の人気はすごかった。

力道山が暴漢に刺されてあっけなく亡くなったのには驚いたけれど、犯人はよくそんな気になったものだ。
空手チョップで、簡単にやられてしまうように思うけど。

外人レスラーは、すべて凶暴で、ずるがしこく、卑怯だった。
その中で、一番記憶に残っているのが ブラッシー だ。
力道山の額に咬みつく。額からは血がダラダラ。
凶器の歯を、いつも大きな金やすりで削って尖らせていた。
それを、毎週歯医者の待合室で見ていた。
3丁目の夕日 のような感じだったな~

悪役の外人レスラーをやっつける。
戦争に負けた悔しさが、やはりあったのだろうね。
太平洋戦争の海戦の映画も多かった。
見ているとあの時ああしたら勝っていたのにという気持ちになってしまう。
ミッドウェイ海戦の映画など、ちょっとした情報の遅れで艦載機が爆弾を魚雷に積み替える時間の間にグラマンがやってきて、飛び立つことが出来ずにやられてしまう。
あ~あの時、もうちょっと早く飛び立っていたら、日本は負けなかったのに。なんて思って、僕は悔しかった。
あの頃の太平洋戦争の映画は、負けたことが残念でたまらない気持がにじみ出ていたように思う。

日曜日の朝は子供番組で、少年ケニアとチャーチル大戦回顧録 を楽しみにしていた。
少年という月刊の漫画雑誌があったが、表紙の後ろに小松崎茂の戦艦大和や空母などの日本の軍艦のグラビアが載っていた。
とても立派だったな~
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昔の歯医者の思い出 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2012/12/14 00:00
コメント
No title
ブラッシー、懐かしいね~。ブッチャーも居たね。木村?、カッポンの豊登、グレート東郷。血だらけのリングに興奮したことを思い出します。歯を削るなんて今では考えられないけど。あれはパフォーマンスだったんだね。中学で良くプロレスごっこしたっけ。

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