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事実 と 真実

僕は、父が技工士、母が歯医者の子ども。
むし歯の洪水の真っただ中の激戦の中で育った。
とにかく、朝から晩まで歯医者、歯医者。

だから、僕は遊びが苦手。
親と同じように、診療ばかりしていた。
ところが、田舎なので全国よりかなり遅れたけれど、数年前から洪水が収まってしまって暇になった。
暇に飽かして、仲間の友達とのメールにハマった。
仲間は、僕より少し年下が多いので、家庭生活も忙しい。
僕は、子どもがほとんど手を離れて、暇だ。
みんな、あきれているようだ。


よく構造医学(重力を基準にした物理学による医学)の話題になる。
この前、あごろべえ先生が構造医学は臨床の問題とぴったり符合する。全て事実だ。とメールに書いてきた。
僕は、ひとの意見にケチをつけるのが得意だ。
ちょっと少し飲みすぎていて、酒の勢いもあって早速ケチをつけた。

 いや、事実とは実際に有った出来事です。
どのように考えても、それ以上正しそうな考えは思いつかないと云うことを、真実と言います。

我ながら、賢かった。なでなで。

事実と真実。この違いこそが、エビデンスをめぐるすれ違いの核心だった。そうひらめいた。

イスラム教徒の真実は、キリスト教徒にとっては真実ではない。
仏教徒ともいえない僕にとっては、全て相対的な事象で、とても真実には見えない。
でも、どの宗教も真理と繋がっているように見える。

真理の実、真実に至るには長い修行がいる。
誰もが共有出来るものではないのだろう。
そもそも、問題意識を持っていないと、キャッチできない。
教祖は全て問題意識の塊りだったからこそ、天からの啓示がやってきたのだろう。
僕も多少は問題意識を持っていたから、あごろべえ先生の弟子になった。

でも、僕の真実が誰もの真実ではないのだろう。
真理が一つの丸い形をしているとすると、そのどの部分にも真実がある。
あごろべえ先生の発見は、真理の○の中核部分であると私には思えるが、別な真実を持っている人も多いはずだ。
宗派が違えば邪教に見えるのではないか。
だから、多くの人がエビデンスをうるさく言うのだろう。
確かに検査数値や画像は事実だ。真実にはそのような解りやすい形が無い。
しかし、事実から真実を見つけなくては、次の患者さんにより良い治療をすることは出来ない。

くうにゃんは、アンネの日記のように、咬合の歴史の証人として事実と思いを伝えてくれる。
僕は、事実と真実の谷間を蜘蛛の糸のように渡したい。
それを、このブログの目的と思っているんだけれど、どんどん逸れていく。困った。


椋ちゃん。笑ってるだろうな~



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エビデンス | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/06/05 00:00
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