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足ツボ先生

くうにゃん、ありがとう。
足ツボ先生のブログ読んでいます。
とても面白い。勉強になる。中医学の優れた入門講座。
それにしても、よく書けるね。毎日だものね。読むのが大変。やっと、去年の2月分まで。

僕は、数年前から急に冷え症になってしまって困っていた。
酒と運動不足のせいだと判っていたのだけれど、生活改善意欲無し。
かわりに、書いてあった片足立ちをして、コーヒーを止めてみようかと思う。
中国の人は口をそろえてコーヒーは良くないという。なぜ良くないのか分からなかった。
僕は毎朝3~4杯飲んでいた。さほど、旨いと感じて飲んでいたわけじゃなくて習慣だったから我慢出来る。
酒が難しい。止められないのは、ストレス。悩み。中毒。全部当てはまるような・・・
手足の冷えは、中医学では未病(病気の一歩手前)の状態にあたるので気にはしていた。これはまずい。
でも、分かっちゃいるけどやめられない。
去年、痛風になって、あ~やっぱりと思った。少し気を付けて、収まった。
足ツボ先生に、あんなに冷えを脅かされるとなんとかしなきゃと思う。

うちは奥さんが薬局をやっていて中医学を勉強しているので、少し一緒にかじったことがある。
取っつきやすくて、面白い。養生訓としてためになる。家庭医学に最適。
しかし、とても奥が深い。弁証論治という中医診断学は、だんだんああも思える、こうとも言えるになってしまう。
落ちこぼれた。本職じゃないし・・・

中医学というのは科学ではない医学だから、分かりやすいけれども逆に難しい。
たぶん、西洋医学とは考え方が正反対なのではないか?
西洋医学は、解剖学、病理学、生理学、生化学など、物質中心。
中医学は、機能中心と言ったらいいか。
よく考えてみると、西洋医学は物質の動態は診査するけれど、体の全体的な機能・バランスを診る視点がない。
検査数値しか基準が無いように感じる。だからしまいには薬でその数値に合わせるという対症療法にならざるを得ない。
無理やり数値を合わせたらそれでいいのかということは疑問だ。だから統計処理して、何%有効とかいう。
哲学・ビジョンが無いんだよね。それらは客観性を重視する科学とは合わないから。
中医学は、臨床経験による徹底的な人体観察を中国人の哲学を基にして大系化したものだ。
中医学でいう臓器は、機能で分類された概念としての臓器だから、解剖学、生理学と合わない。
その上、存在しない臓器まである。だからパッと見は、現代人には荒唐無稽な錬金術レベルの後進医療に見えるんだよね。
しかし、解剖学を無視して機能だけを考えて、機能の象徴としての臓器の働きを考えると答えが出るような大系になっている。
全体の機能・バランスの調和という診断学を持っている。
やはり、哲学・ビジョンが無いと、慢性疾患の本当の病因の診断はできないように思う。
哲学・ビジョンに基づく医学が、代替医療であるとも定義出来そうだ。

僕は中医学で健康管理して、どうしてもだめなときに病院に行くつもりでいる。
西洋薬は、あまりにも激しすぎる薬が普通に処方されるから心配になる。
あの歯医者の天敵。顎骨壊死の副作用のあるビスホスフォネート剤(骨粗鬆症の薬)なんて、本当に必要なのかね?
抗がん剤の副作用の骨粗鬆症のために出すのは理解できるけれど、検査データに骨粗鬆症があるから、転んだ時のために念のために出しておきましょうか?じゃたまんない!
歯医者に一言ぐらいことわってからにするべきだ。そうでしょう?
患者さんだって、鉄筋で補強するような不自然なことまで望んではいないと思う。
何年かしたら、あれは良くなかったなんてことになりそうな気がする。

中医学にかみ合わせの話は無いようだ。
そりゃそうだ、中国何千年の歴史で、歯科はほとんど痛み止めか抜くぐらいしか無かったのじゃないか?
精密な治療技術の発達と、多くの患者さんの治療後の経過観察によって、咬合の問題というのが明らかになった。
それは、中医学のような臨床経験の蓄積による発見。
その発見は、中医学が扱うような全身の機能・バランスの中核だったということだ。
その中核機能は、重力対応の問題(歯は頭を支えている)だった。
なるほど、宇宙の無重力体験などの情報から地球の重力を意識できる現代にならなければ分かるはずもないことだった。
重力基準という、構造医学(吉田勧持先生が創設した物理学による医学)の哲学が必要だった。
新しい医学が、統合歯科医療として生まれたわけですね。
何千年の医学の歴史から見るべきだと思う。歴史的な、大変な発見だ。



hazelさん。

夕日もいい。そうですね。ありがとう。
伊勢神宮には、25年ほど前に一度行きました。
せっかくだから、立派な神棚を買って帰ろうと思って探したけど、うちの神棚と変わりがないものしかなかった。
紫檀黒檀とまではいかなくても少しは高級な神棚があるのかなと思ったのだけれど。おのぼりさん思考だった。
そのことで、逆に感動しました。発想が全く別なんだね。
そもそも、教義というものが無いものね。立派だ。


何はともあれ、僕の宗教観を告白したので、ブログが書きやすくなるはずだ。
どうしても、エモーショナルになるか、ペダンティックになりがちだから、宗教の話題は難しい。
日の出の先生も気軽にお話ししてくれたし。
やはり、宗教に絡むこともフランクに話すべきだと思う。
どうしても、そこにしかない考え方があるのだから。
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代替医療 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/12/08 00:00
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