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舌は頭を支えている 4

歯医者は全員が、安静位空隙という安静にしているときの上下の歯の間の空隙を知っている。
それを知らなければ、総入れ歯を作ることなど出来ない。
歯が無くなったら、どうしてかみ合わせの高さを決めることが出来るのか?
歯医者が最も頼りにするのが、安静位空隙なのだ。
歯が無くなってもその位置はほぼ変わらないからだ。

でも、その意味を知っている歯医者は僕たちだけではないか。

頭を支えるための、下あごのやじろべえが機能するためだ。

これまでは、安静位空隙というものは、その吊り下げている閉口筋(口を閉じる働きの筋肉)との関係だけで説明されてきた。
しかし、人間は真直ぐ静かにしているだけなはずが無い。
ただ、閉口筋にぶら下がっているだけでは、常にその空隙を保つことなど出来ない。
だから、なにかその空隙を保つための仕組みが必要なのだ。

それが、舌

舌尖がスポット(上あごの舌の定位置)に付いている。
それが、その仕組み。
舌尖こそは、開口筋(口を開ける働きの筋肉)の終末なのだ。
ニワトリのとさかとか、鳥のくちばしのように舌尖を上に向けて立っている。

あごがぶら下がっている閉口筋は、頭と下あごの骨を結んでいる。
しかし、開口筋は、肩と胸と背中から上ってきて、舌骨を介して下あごに付いているが、上あごには付いていない。
頭の後ろのほうには付いているが、前のほうには付いていない。
つまり、頭の後ろと下あごに付いているから和ばさみのように口を開けるのだ。
舌尖が上あごに届いていなければ空隙を保つための仕組みは重力以外存在しない。
安静位空隙を保つためには、正しい舌の位置が必要だったというわけなのだ。

あごのやじろべえが頭の位置を定めていて、それによって姿勢が決まり、その姿勢の崩れが病因となる。

それを知らなければ、上下の歯の間に少し隙間があろうとなかろうと、そんなことはどうってことはない。
だから、舌の位置などそれほど大切なことだとは思われていなかったのじゃないか?


僕は嚥下はよくて、舌はいつもスポットについている。歯もいい。健康だ。
試しに舌をわざと低位舌状態にして道を歩いてみたら、歩くときの頭のゆれで上下の歯がけっこうぶつかった。
だから低位舌の人は愁訴がひどくて、歯周病にもなり易いわけだ。



仙台と一緒の、1ヶ月遅れの七夕が終わった。
少子化で、こどもの影も見なかった。
僕の子どもたちがいたころは、友達が歌を歌いに来たものだけれど。

        画像 1188

こちらには竹が無いので、七夕飾りは川から柳の木を採ってきてそれに飾る。
葉っぱがしおれていてダサい。
僕には内地コンプレックスのようなものがあって、このしおれた柳の木が物悲しくて憂鬱な気持ちにさせた。
なんとか銀座みたいなうらぶれた気持ちになった。
ところが、この柳の木はアイヌが祭祀に使うイナウという飾りを作る神聖な木だったようだ。
イヨマンテの熊祭りなどに、その柳の木をかんなをかけるように薄く削ったものを、縄に括って聖域としたらしい。
梅原猛によれば、それが〆縄の起源だそうだ。なるほど、〆縄に下がっている紙は縄文時代は無かった。
天塩には、アイヌの遺跡がある。竪穴住居。
神社の鳥居は天に願いを届ける鳥がとまるところなように、神聖なイナウを作る木に七夕の願い事を下げるのは、天の川の天上に願いを届けるのにまことにふさわしい。
それを知ってからは、その物悲しい気持ちにさせる柳の七夕飾りがとてもありがたく見えるようになった。
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舌にまつわる問題 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2011/08/09 00:00
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