お東先生の修行と覚り

お東先生がコメントを寄せてくださったが、ホントにたった2日間のセミナー受講でラッパ上人の教えを深く理解して即座に失敗せずに実践できているということは、驚くべきことだ。
お東先生にとっては、最高にコストパフォーマンスが高いセミナーだったろうと思う。
運がよかったのか、もともと理解力が並外れた天才だったのか?

コメントに少し答えが書いてある。

>自分のひどい噛み合わせを少しでも良くしたいという思いで1990年から噛み合わせの勉強をしてきました。

長く修行してきて、27年目で開眼したということだ。御釈迦さんの故事を連想してしまった。

御釈迦さんは、一人の村娘からいただいた乳粥を食べて菩提樹の下で瞑想して悟りを開いた。
たぶん、その村娘は他の苦行僧にも同じように粥を喜捨していたはずだが、完全な悟りを開いたのは御釈迦さんだけだった。
それは、御釈迦さんだからで、悟りを開く前にたまたまお粥を食べただけで、別にそれがハンバーガーでも変わらないんじゃない?と思うがそうではなくて、ちょうどその時の乳粥じゃなければいけなかった。
それは、死にそうなほど苦行で衰弱しきっていたからで、そのお粥によって難行苦行は意味がない。中庸こそが大切なのだと修行方法を反省して瞑想したから悟ることが出来た。
でも、その前の修行が無いと、お粥さえ食べたら悟るわけではないことは明らかだ。

お東先生は、いろいろな咬合関係のセミナーを受けたり深くかかわった流派もあるようだが、私が注目するお東先生の修行による素養は、その深くかかわった流派の流れからだと思うが、整体の勉強をしたりして、筋の触診をマスターされていたのが大きいと思う。
咬合治療というものは、骨と関節と筋の働きによる歯のかみ合わせなのだから、基本的には整体に所属するものだと思う。
しかし、歯科医は大学で西洋医学しか教わらず、東洋医学や整体などについて知識もなければ、関心もない。
西洋医学では、整形外科が専門家のようにいわれているが、そこは手術が専門であって、整復とかリハビリテーションとかにおいては、付け足しというかひじょうにレベルが低い。
医療の中のヒエラルキーによってゆがめられて認識しているので、なかなかそこが分からないわけだ。

明日から2日間また、ラッパの先生のセミナーが開かれる。
この前受講してみて、素晴らしい組み立てのセミナーなので、基本的にはそのままでいいと思うが、触診のやり方と受講者相互の触診実習体験を充実させたらより良いと感じた。
咬合治療に関しては、女医さんは一般的に理解が早くて腕もいいように思う。
それは、女性はもともと成長とともに体が大きく変化し、生理があったり、肩こりに敏感な体なので、身体感覚的にすぐ分かるからだと思う。
美容のためにストレッチやエクササイズなどにも関心が高く、ほとんどの女性は何らかの実践体験を持つ。
それに比べて、男は体で考えることが無く、知識と論理だけで考える傾向があるから「咬合と全身にはエビデンスが無い」などといったバカげた思考停止・見ざる聞かざる状態に陥りやすい。
女医さんでそんなことを言うのを聞いたことが無いから、身体性が薄い男の通弊だと思う。
それに、慣れてないというか、触診にビビってしまうところがある。
つい、セクハラなんて言葉が浮かんでしまう。僕も、最初はなかなか抵抗があった。
女医さんは、触診に対してそんなことを思ったりしたことは一度もないはずだ。
いつもマッサージとかを受けているからね。
電車の中であらぬ所を触診したら逮捕されるけど、要するに場所と目的であって、患者さんがそんなことを考えるわけがないのだ。
そもそも、歯医者がする触診は肩から上しか必要ないわけなのに、身体性が薄い男は、慣れてないとそんなバカげたことまで気になるものだ。

論より証拠。触診したことが無い状態では、咬合が分かるはずがない。実感できないのだ。
CTの画像がどうだとか言っても、触診の手ごたえに比べたら蜃気楼のようなレベルだ。
そこに、整体と整形の差がある。歯科医も同じことだと思う。
出来れば、お東先生にインストラクターになってもらって、触診の基本を指導してもらうと良いように思う。

まあ、でもそんな難しいことじゃないよ。
慣れと、習慣だけだね。


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ラッパ亭語録 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2017/08/25 11:50
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