肩こりという現象が持つ意味 3

3年前の10月に構造医学会の大阪学術会議というところで研究発表してきた。
構造医学というのは、物理学者の吉田勧持という人が創めた物理学の方法による医学。
重力を基準にして診査する医学。
僕の論文を見て、吉田先生が発表するように勧めてくれた。

僕は、かみ合わせの診査に普段常用している診査法について発表してきた。

1 ヤジロベエチェック 
2 肩と首の触診 
3 DTT(潤滑テスト) 
4 立位写真による姿勢の診査 

この4つ。何のことか分からないだろう。
他の診査については専門的になるから割愛する。2の肩と首の触診について説明しよう。

1) 肩のこりは、左右的なアンバランス状態にある頭位を維持するためにおきる症状である。
   したがって、顎位そしてそれを保持する咬合の左右的アンバランスを表現している。

2) 首のこりは、前後的なアンバランス状態にある頭位を維持するためにおきる症状である。 
   したがって、顎位、そしてそれを保持する咬合の前後的アンバランスを表現している。

これが、僕が定めた肩と首のこりの定義。
丸山先生が咬合療法に常用していた肩と首の触診を一般の歯科治療の診査にも応用するにあたって、あごろべえ先生のヤジロベエ理論によって定義した。

頭位とは頭の位置。顎位とはあごの位置。咬合とはかみ合わせ。
つまり、肩と首のこりをしらべれば、頭→あご→かみ合わせのバランスが分かるというものだ。
一般の患者さんや歯医者には、にわかには信じられないはずだ。
しかし、これは真実だ。
ただ入れ歯を入れたり外したりして、肩と首を触ってみれば、歯医者であろうが、患者さんであろうがすぐその場で分かる。
合っている入れ歯ではこりはほとんど取れるが、合っていない入れ歯や入れ歯を外したらその瞬間にこる。
だから、入れ歯はきちっと合わせて、いつも(就寝時も)入れていなければいけない。
そういうことを発表した。

その2年ほど前に日本咬合学会で発表したものをより分かりやすくしたものだ。
驚いたことに、その時までにそのようなことを入れ歯で調べた歯医者はほとんど居なかったみたいだ。
もしかして、僕が初めてなのかも知れない。


歯医者の多くは、咬合と全身とのかかわりにはエビデンス(根拠)が無いという。
だから、僕は誰でもすぐその場で分かる方法を発表して論文にした。
国士無双の先生の勧めで一緒に分かりやすく改定したその論文をある歯科雑誌に送った。
そこには審査会が在って、先生たちが審査する。
この診査法にはエビデンスが無いから載せられないという。
ちょっと肩と首を触ってみればすぐその場で分かるのに、なぜ分かりたくないのだろう?
こんな簡単なこともしないでエビデンスがあるとかないとかいうのは不思議だ。

そのように、医学の証明法にはとても不合理がある。
しかし、これはある意味仕方が無い。
例えば、銀行や市役所などに行くと本人が行っても免許証などの本人確認書類が無いと相手にしてくれないことがある。
僕の町のような小さな町ではお互い顔見知りなので、とてもばかばかしく感じるけど決まりだからしょうがない。
X線写真などはただの影にすぎないから、単純なことしか解らないけれども証拠になる。
筋の触診は相当微妙なところまで解るが、データとして残すことが出来ないし、その証明には筋肉のこりそのものをたぶん生理学的・生化学的に解明して、しかもどういう関連でどの筋がこってそれがどのように肩や首の筋に波及するかまで一から証明しなければ証拠として納得しないのではないだろうか?
手で触った感触など話にならなくて、筋電図か何かで残さないとだめだろう。
だから、整体やカイロや鍼灸やあん摩は別枠になっている。
医学のエビデンスとはそのような証明書になるかどうかということだけに過ぎないことが多い。
ところが、普段そのような矛盾に遭遇する機会があまり無い人は、それに当てはまらないとまじないや疑似科学のたぐいと変わらないように思ってしまうようだ。
この問題はとても難しい。

 新しい優れた発見なのか?それともただの思い込みや、怪しげな人物なのか?

僕が思うことは、現時点の医学的証明法の枠はやはり厳密に守らなくてはいけない。
そうでなければ、怪しげな治療が野放しになってしまう。
しかし、因果関係を実証的に示せるものは合意のもとに行うべきだし、みんなで検証すべきだ。
そうでなくては、医学の進歩は無い。
当面は上記の施術医療と同じ位置ずけなら問題ないのではないか?
大学のような権威だけに頼っていることの方が危険だ。
一世を風靡した理論が、数年経過してみるとボロボロということの方が多い。
それは、大学のような所は患者さんを経年的に見る機会が少ない。
頭でっかちで、現実に即していないことが多い。
僕らのような田舎の開業医は、自分の治療の結果を長年にわたって検証せざるを得ない。
そこで積もってくる疑問こそが、医学の進歩の原動力ではないかと思う。

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やじろべえ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/01/30 00:00
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