材料屋さんの思い出

今のように宅急便が整備されていなかった昔は、歯科材料屋さんは主要な材料をトランクや、車の後ろに箱を積んでそこに入れて回ってきた。
天塩は田舎だから、月に1回。

昔、父母が2人で歯科医院を開いていたころは、その材料を居間に置いてもらって、どれどれという感じで見る。
あ、これが切れていた。とかいうことになって買うことになる。そして、よもやま話をする。
材料屋さんが来るのを楽しみにしていたようだ。

僕も楽しみにしていた。
太ったおばちゃんの材料屋さんが、たまに美味しいケーキを持って来てくれた。
なんでケーキを持って来てくれたかというと、そのおばちゃんが父母の仲人だった。
きっと、僕を特別かわいく思ってくれていたのだと思う。

そのおばちゃんの材料屋さんは旦那さんがその商売で、早く亡くなってしまって後を自分でやるようになったらしい。
材料のことはあまり解らないようだった。
大きな行李によく使う材料を入れて、唐草の模様の風呂敷で包んで背中に背負ってきた。
車は運転できないから、汽車とバスを乗り継いで回っていた。
昔の富山の薬売りのような感じだった。
車で20分掛かる隣町から荷物を背負って歩いて来たこともあったようだ。
陽気なおばちゃんだったが、いつも疲れている感じだった。
子どもたちを、一人で育てるのは大変だったのだろう。
仲人と言っても母と同じぐらいの年齢で、子どもたちは僕と同じぐらいの齢だった。
地方の歯医者に出張しているときに子どもたちはどうしていたのだろう。と、この頃になって思う。

そのおばちゃんはもう亡くなっていて、今は末娘が後を継いでいる。


材料屋さんも歯科の仲間だけれど、通販に押されて大変なようだ。
宅急便のおかげで材料を抱えて回らなくてもよくなって、楽になったと思ったらすぐ強力な商売敵が現れた。

宅急便、通販、ネット、大手がトレンドだ。
自営業が成り立つのは、飲食店、床屋さん、施術医療、歯医者ぐらいか?
手作業が、大手の覇権を防いでくれている。
ありがたいことだ。





スポンサーサイト
昔の歯医者の思い出 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2012/12/29 00:00
 | HOME | Next »