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三十三間堂の無歯顎の老女像

誘われてシンガポールの学会で発表してきた。
世界中から大学教授や開業医が参加していたが、リゾートを経費で落とすために存在するとしか思えない、ほとんど無意味な学会のようであった。
僕は娘と組んで参加したので楽しかったけれど、国際学会というものは観光業の一種のようだ。
そういうビジネスもあるのだろう。
事前になんとなく気が付いたので、予定を早く切り上げて京都・大阪・奈良に寄ってきた。
京都国立博物館の国宝展と仁徳天皇陵見学が目的。春日大社と興福寺も見てきた。
教科書に載っていた火炎土器や伝源頼朝像の本物を見ることが出来てよかった。肩がとんがった紺色の着物に着物の柄まで細かく書いてあるのに驚いた。教科書の小さな写真しか見ていなかったのでてっきり、べたっと紺色に塗ってあるだけのように思っていた。
博物館のすぐ隣が三十三間堂だったので、高校の修学旅行以来50年ぶりぐらいに行ってきた。

摩和羅女像に吸い込まれてしまった。
無歯顎の老女で、目の表情も白内障か何かでほとんど見えないような感じに見えた。
鎌倉時代だから、無歯顎でも総入れ歯など入れていなかったはずで、そうすると不適合な義歯の動揺によるえぐれるような顎堤吸収もないだろうから、入れ歯を入れていなくても、この程度の少しくぼんだ品の良い口もとになったのだと思う。
魅入られてしまったのは、品格のすごさもあるが、あまりにもリアルなことだ。
顎位は右後ろ下がりの左前顎位のように見えたが、右前顎位かもしれない。右後ろ下がりなので、頭が少し右に傾いているせいで左前顎位に見えるように思う。ほぼ真ん中に近い右前顎位じゃないだろうか?
そして、上体が少し右に傾斜して、右後ろに回旋している。
その回旋した上体と顔が正面を向いた位置に安置してあるので、両足は10度ぐらい左を向いている。
つまり、右後ろ下がりの右前顎位の無歯顎の患者さんの立位姿勢そのものなのだ。
いつも患者さんで観察される傾向がそのままある。
その顎位によって頭が少し右に傾き、その頭のバランスを取るために体をひねって立っている、という患者さんの状態そのものがそこにある。

 この仏像に総入れ歯を入れてあげたい!
そうしたら、きっと真っ直ぐになるだろう。


摩和羅女
ネットで探したら「私の大好きな仏像百選のブログ」というものがあって、その中に写真があった。
ところが、僕が三十三間堂で観察した頭の傾きもなく、体も真っ直ぐに見える。なんか変だ。
よーく観察してみると、本の写真をコピーしたようだが、右手の下の方に写真の縁の線が見える。
仏像が傾いていたので、わざわざ写真を少し回転して起こしてあげたようだ。
僕と同じ気持ちになったのかもしれないけれど、ダメだな~ プロの写真家が彫刻を撮るときに三脚を使わないはずがないじゃないか。
つまらない修正のために、マネキン人形みたいになって仏性を感じられなくなってしまった。
仏様は人間が誓願を立てて修行して成ったものなので、やはり歪みが無いと仏性も感じられない。
神様が日本の神も含めて偶像禁止なのは、神様が歪んでいるはずもなく、やはり完璧すぎると人工的・無機物的で、よく見えないことも関係しているような気がする。
左端の写真がそれで、真ん中が僕が写真の縁のラインに合わせて回転させたものだ。
写真を回転させたのは1°だった。たった1°で印象が全く異なる。この1°の傾きが仏師の腕なのだ。見事なものだ。

これは、どんなに天才仏師でもモデル無しに作ることは無理だろうと思う。
この前、運慶展で見てきた無著像は、田中英道先生によれば西行がモデルではないか、ということだ。
このモデルは尼僧に違いないと思うが、ただものではないすごい尼さんであることは間違いない。
表情に現れた信仰に対する確信と覚悟のすごさ!唯物史観に毒された現代人には、絶対に見ることのできない表情だと思う。
それにしても、総入れ歯を入れてあげたいものだ。
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入れ歯とのくらし | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/11/21 17:45

一年がかりの入れ歯

この前、一年がかりの入れ歯が完成した。
一年がかりといっても、たいそうこったわけでもなく難症例でもない。
その患者さんがポツリポツリと、忘れたころにしか来院しないので1年も掛かったというわけだ。

 私ね、孫のお世話で忙しいのよ。

と言う。
たいそう陽気な患者さんで、息子の孫や嫁に行った娘の孫の世話で飛びまわっているようだ。
立派なおばあちゃんだ。おばあちゃんの鑑だ。

総入れ歯の場合は、どれほど間を置いても最後に咬座印象をして仕上げれば問題ないので、いいよいいよ暇が出来たらおいでと言っていたら1年も掛かった。
元々旧義歯もさほど問題なかったのだが、リベースして汚くなったので作り替えたいということだったので、無調整でピッタリだった。
ただ、下あごの骨がたいそう減っているので、分厚いブロックのような総入れ歯だが。

渡部

入れたっきり来なかったが一か月後に来院して、何でもなくガチッとよく咬めるんだけど、おしゃべりしているうちに急に下の入れ歯が飛び出してくることがあるのよ。と言う。
それに、なんとなく右の犬歯の辺りが高いような気がする。とも言う。

うちの技工所はエンデュラの人工歯を使うが、エンデュラは右下の4の形態が少し変で、そこが干渉する傾向がある。
今度もそうだった。
それに加えて、前下がりのスウィングの患者さんだったので、右上の4が左後ろへのスウィングで強く干渉したわけだ。
それに、下あごの骨が乏しく船底のようになっている顎堤だった。
それらが重なったのが、おしゃべりしているうちに不意に入れ歯が飛び出す原因だった。

触診してみると、入れたばかりの時にはこっていなかった左肩が少しこっている。
やはり、スウィング干渉が残っていると、比較的早期にほんの少しだが肩がこってくる。
このことに気が付かなかったのは、総義歯を入れて、調整終了して一か月後とかに患者さんが来院することがほとんど無いからだ。
来る理由がない。抜歯即時義歯の時ぐらいだが、その時は入れ歯が合わなくなっているから、肩こりは当然だ。
忙しくて入れたっきり1か月も来なかった患者さんだったから分かった。
入れたばかりの時のフットビューは後ろ重心が強かった。やはり、フットビューはしっかりとスウィング干渉を捉えている。
それがスウィング干渉を調整すると改善する。肩こりも取れる。
調整部位は黒く塗った処だ。これで、やっと治療のゴールなのだと思う。

それにしても、総入れ歯の患者さんにスウィング干渉部位をピッタリと指摘されたのには驚いた。
入れ歯とのくらし | コメント(1) | トラックバック(0) | 2017/04/25 04:31

フットビュー登場後の義歯臨床

モアイ像の頭位の観点から義歯臨床について、特に総義歯について述べてきた。
咬合採得は頭を起こすために常に一番後ろの顎位であること、しかし、その顎位は咬合高径に適応したものなので咬合高径を変化させたら苦労すること、それを怖がって低いままで入れ歯を入れたら、患者さんはうつむいた反省モードに入ってしまうことなどだ。
そして、適切な咬合高径で義歯を作ったならば、例えバイトがずれていて、あっちが痛いこっちが痛いと言われて恥をかきながらごちゃごちゃやった結果、やっと合ったものであっても首と肩のこりは解消している。
だから、首と肩の触診をして検証すること、患者さんにそれを自覚させて入れ歯の必要性、価値を教えることが大切なことなど。
そして、スウィング干渉は、義歯では粘膜によって緩和されるのでブリッジやインプラントに比べて安全であることも述べた。

しかし、これはフットビューというME機器が登場するまでの認識であった。
新しく義歯を入れたとき、痛くなく咬めるように調整出来たときは、ほぼ肩こりは解消している。
それが、またこってきたりするのは、スウィング干渉などによって入れ歯が揺すられて顎堤が吸収したり、人工歯が減ったり、残存歯に問題が起きたときであると思っていたが、どうも認識が甘かったようだ。
スウィング干渉が残っていたら、比較的早期にこりが出てくるのが分かった。粘膜の緩衝力は、万全ではなかった。
フットビューが登場する前に、そのような現象が見られたときどのように考えていたかというと、頸椎やその他に器質的な障害にまで及んでしまったので、咬合だけではすでに解決できない領域に入っているのだろうと思った。
しかし、フットビューは、その干渉を最初から捉えていたことがはっきりと分かった。

フットビューによって、義歯の咬合調整のゴールが明確になった。
出来るだけ重心が真ん中になるまで咬合調整とスウィング干渉の調整をしなければいけない。
特に総義歯においては、やろうと思えばほぼ全てを真ん中重心に定めることが出来る。

昨年、フットビューについて話せと演題を与えられて、仕方なく沢山フットビューのデータを調べてみた。
そして、僕が一番頼りにしていた診査法である首と肩の触診が、補綴物装着直後のスウィング干渉を捉えることが出来ないことが分かった。
補綴物を入れたばかりの時は頭もあごもまだスウィングしてない。
だから、干渉によるマイクロトラウマが蓄積していないので、触診に現れてこない。
それが、雨だれのように当たり続けて、だんだん応えてきてこりになってくるのだろう。
しかし、体は平衡を阻害しているその干渉を感知して、すぐに回避行動を始めるのでフットビューの重心データに現れるのだろう。
それほど平衡を取ることは大切で、その調節機構は極めて精妙だということだ。
入れ歯とのくらし | コメント(1) | トラックバック(0) | 2017/04/19 00:28

パックマン

もう、35年ほど前のまだファミコンが無かったころ、喫茶店にゲーム機を兼ねているテーブルが置いてあった頃があった。
最初は、白黒のインベーダーゲームだったが、ほどなくパクパクパクといろいろな果物を4色のモンスターが食べて歩き回るパックマンというゲームが出てきた。
珍しいのと可愛いのとで、けっこうハマって喫茶店に通ったものだ。
パックマンは、ただ〇に口が付いているだけで、口は丸いケーキを1人前切り取ったような感じのもので、それがパクパクと開いたり閉じたりしながら歩き回る。

何の話を始めたのか?実は、総義歯の咬合採得と咬合高径の話。
総義歯の新義歯の場合は、痛くなく何とか噛める状態にさえなれば、それがその咬合高径での最適な顎位になるという話を前回書いた。
それは、その咬合高径では、術者が誰であっても同じ顎位になるはずだ。
その同じ顎位というのは、一番後ろの顎位。
これを、中心位であると多くの先生が思っているが、それは違う。
使い古して低くなった総義歯の顎位と新義歯の顎位を比べてみると、大概の場合は旧義歯の顎位は新義歯より右前にある。
それでも患者さんは、ちゃんと咬めていた。
顎位がどこであっても、そこの一点に定まる様に関節は出来ていて咀嚼運動は円滑に行える。
すり減ったらすり減ったように、その入れ歯のかみ合わせに最適な位置に自然に移動して口の開閉の中心として働くようになる。
それなのに、新義歯を入れたら、旧義歯の習慣性の位置に影響されて採ってしまった位置ではなく、いきなり五ミリも後ろの位置で咬んだりすることがあるのが奇妙だ。
それが、パックマンの口の開閉で理解できる。

歯医者は大学で咬合器を学び、下あごだけが動くかのように教えられるので、この咬合採得と咬合高径の関係が分からなくなってしまう。
口を開くときは、パックマンのように上も下も開くのだ。
だから、高径が上がるということは、より口を開けるということで、頭は上向きに回転する。
下あごは、同じように下向きにより回転する。
それで、その相互作用の顎位に関節は納まるので、旧義歯に影響された顎位では痛くて咬めないことになるわけだ。
高さだけが上がって水平的な位置が旧義歯のように前よりの位置なので、食べようとしたらパックマンの位置で咬んでしまうので痛くて咬めなくなる。

中心位という解剖学的な適正な顎位が在るわけではなく、頸椎の上にバランスを取っている頭とあごの相互的な位置関係によって、まるでモビールのように咬合高径に合った固有の顎位が在るわけだ。
その適正な顎位が中心位みたいな一番後ろの位置なのは、頭を起こすためなのだ。
しかし、歯やインプラントでは骨の中に根があるので、その合っていないかみ合わせに頭の位置の方が合わせてしまうことになる。
粘膜の上に乗っかっている総義歯は、そんなふうに頭の位置を変えるほどの力はなく、合わないかみ合わせで傾いた入れ歯の下で粘膜がこじられることになって痛くて咬めないことになる。
だから、総入れ歯では、その咬合高径に最適な頭位にかみ合わせが合うまで痛いという、歯医者にとっては恥をかいて不都合だが患者さんにとってはありがたい安全装置が組み込まれているということなのだ。

咬合高径が一番大切だということは、最適な位置から低くなるにつれて頭がだんだんうつむいていくことになるからだ。
高径が適正に高い総義歯では胸を張ったモアイ像の頭位になるが、低い総義歯ではうつむいて反省している老人の頭位になってしまう。
歯医者の責任は重大だ。
入れ歯とのくらし | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/04/12 17:50

第三の歯 総入れ歯の素晴らしさ

まあ、キレタというより、売り言葉に買い言葉だっただけで、気の毒なことをしてしまった。
彼女の抱えている問題を解決できる自信があっただけに、つい反射的に言い返してしまったことが悔やまれる。

さて、患者さんが入れ歯を嫌うこと、ほとんど病的な人もいることを書いたが、総入れ歯に限ってはそんな患者さんは皆無だ。
患者さんは総入れ歯に感謝しているし、愛していると言ってもいいくらいに見える。
それは、絶対に必要なものだし、いつも一緒だから愛着が湧いてくるのだろう。
この頃は、僕は総義歯だけやりたい。他の治療は、出来れば他の歯医者に任せたいぐらいだ。
血を見る手術やキーンという耳障りな音で歯を削ったりもなく、そよっと上品な治療で、患者さんもゆったりくつろいで治療を受けるし会話も楽しい。
満足した笑顔で治療が終わる。
総義歯という究極の歯を発明した先人に感謝している。

総義歯の素晴らしいところは、フェイルセーフ機構のようなものが備わっていることだと思う。
例えば、ブリッジやインプラントでは、少しかみ合わせが悪くてもすぐに分からない。
肩がこるようになったり、頭が痛くなったりとか、別な気が付かないところにしわ寄せしながら何年か経たないとそこの歯に問題が出てくることが無い。
その点、総入れ歯の場合は、痛くて咬めない!というまことに分かりやすい判定が出る。
だから、たとえ下手でもああだこうだとやっているうちに何とか痛くなく食べることが出来る状態に収まったならば、ほぼその人に調和した良いかみ合わせになるのだ。
総入れ歯を新調して、何とか痛くなく咬める状態になったならば、ユニットから立たせて肩を触診してみてほしい。
100%肩こりは取れている。
触診が初めてで自信が無い時は、そのまま立ったままで入れ歯を外してもう一度触診するといきなりガチっとこるのですぐ分かる。
そして、もう一度入れたらスカッとこりが取れるので、その1回で肩の触診はマスターできる。
しかし、首の後ろの上の方のこりに関しては、適正な咬合高径でなければ解消できない。
つまり、総義歯というのは、高さだけ気を付けたならば、その高さの範囲内での最良の咬合が自動的に定まるわけだ。
痛くなく咬めて、首の後ろがこっていない総入れ歯は、その患者さんの健康を増進する究極の第三の歯だ。
こんな、シンプルで簡単な治療は他に無い。

総義歯は正に船のようなものだから、だんだん腰の仙腸関節が固まって上体の揺れが大きくなる老人にはピッタリな歯で、天然歯列よりも健康増進に良いとすら思える。
気を付けることは適切に咬合高径を維持することだけだ。
決して、低い義歯で妥協しないこと。
ショックアブソーバーが備わっていると言ってもスウィング干渉のない配列と調整をすることが大切だ。
それは、スウィング干渉によって揺れるたびに顎堤の吸収が加速するので早く合わなくなることと、正中から破折することが多くなるからだ。
僕は、配列をスウィングに合わせる工夫をしてから上顎義歯の正中からの破折が全く無くなった。
また、総義歯に限っては、100%肩こりが無い状態にできる。
首の上の方がこっているときは、入れ歯が低いということを表しているから、必ず首の触診をしてそこのこりがないようにしなければいけない。
総入れ歯の注意点はこれだけだ。とてもシンプルだ。
入れ歯とのくらし | コメント(1) | トラックバック(0) | 2017/04/06 00:00
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