インディアン美人

ついわき道に反れた。というか、僕のの好みのタイプについて、ばかばかしい考察を重ねてしまった。
なんか、小顔の美人についてけちをつけたような気がして、少し具合が悪い。
プレイボーイは、余計なことをごちゃごちゃ言わないで即口説く。モテない証拠で、くやしいな~
僕は、若いときは小顔の美人が好みだったような気もする。

 かわいらしくて、セクシーで、気立てのよい女。

歳とともに、それは幻想だということがよく分かった。
そもそも、女のほうが男より数段度胸がある。レベルが違う。
次郎長伝では、女の度胸はとぐろを巻いている。と言ってたな~
メイクとファッションで品よくしているだけだ。
品よくしないとね。はしたなくなるから。

 品がよくて、誇り高く、激しい女。

それが一番魅力があると思う。



インディアンは、なぜ誇り高かったのか?

それは、エデンの園に住んでいたからだ。

まだ、あの毒りんごを食べていないから、そこから追い出されていない。

あの毒りんごは、たぶん農業のことだろう。
知恵の木の実で、それを食べたから労働と死が罰として与えられた。
神は偏食だ。農産物を好まない。カインが捧げた野菜は嫌いで、羊が好きなようだ。

神が食べていいと与えてくれたものを食べて、無くなったら仕方がなく死ぬという動物のような生活をしていたら、誇り高く生きることが出来た。
死を心配したから、そこにあるものを取って食べることでは安心できずに、何日も労働しなくてはいけなくなった。
知恵とは、先の心配と同義語だ。ようするに、神を信頼していない。
追い出されたのではなくて、自分から出て行ったはずだ。
あれは、神の視線で見た人間の運命で、神はほんとは悲しんでいるのだろう。

皮肉なことに、清教徒はエデンの園に攻め入って、アダムとイブたちをホロコーストしてしまった。
それは、あの毒りんごを食べたせいで、原罪を負ってしまったからだ。
いくら食べても、満足しない。心配でたまらない。
だから、原爆を落とし、枯葉剤を撒き、巡航ミサイルを撃ち込む。
それまでは世界中に罪びとはいなかったのに、毒りんごを食べた凶暴な罪びとが攻め込んで世界を制覇してしまった。
彼らは必ず、黙示録に書いてあるハルマゲドンに至ると思う。


インディアンに限らず、宣教師が来る前はどこの民族でもむし歯も少なく素晴らしい歯列だったと、W.A.プライスの調査した「食生活と身体の退化」(農文協)という本に書いてある。
罪を犯した罰が、不健康な醜い歯列と卑屈な、または傲慢な顔だ。
たぶん、宣教師が来る前は、ほとんどの人は誇り高く上を向いた頭位だったのではないか?
中国を除いてだけど。中国人は太極図を戴いていたから、昔から歯並びが悪かったと思う。


ほとんどの女は、インディアンよりも中国人の性格に近い傾向があるけど、そこがまた愛嬌でもあるような。
あまり立派過ぎるのも困る。
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子供のかみ合わせ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/10/29 00:00

能面美人

誇り高い真の美人には、もう一つ条件がある。

ほお骨の高さだ。

ほお骨が高く、あごもしっかりしている。

ヘップバーン。特にキャサリン・ヘップバーンがいいな~

白人だけどインディアン美人?

インディアンは、なぜいつも顔を上向けている印象があるんだろう?

頭が少し上向きでなくてはいけない。(やじろべえ理論)
それが、心身共に健康な美人の条件だろうと思う。
もちろん、鼻だけ低かったら不調和だから、そこそこ必用だ。
目はパッチリしていても、細くてもそれぞれ魅力がある。
浮世絵美人は、目は細くて切れ長だ。これもいい。
僕は日本人だから、どちらかというとこちらが好きだ。


ところが、最近の風俗街に表示している小顔の美人は、ほとんどほお骨が分からないほどのっぺりとしていて、あごが細い。
このような顔立ちは、矯正歯科医なら簡単に作れる。
叢生の少女を、4番抜歯して矯正するとほお骨が目立たない能面美人になる。

考えてみると、あの真っ白い能面美女は、あの世とこの世を行き来するバーチャルリアリティの存在だ。
ほんの少し、顔を傾けたりするだけで感情表現が全く変わる。
しかし、あごは意外にたくましい。
だから、全く思うように出来ない女だろう。
吉永小百合も坂東玉三郎も、あごは意外としっかりとしているから、確固とした意思を感じる。

その能面美女から、意志の力を取り去った小さいあごが、男にとって都合がいい。
そして、少し上目使いで見て欲しい。従順ともの欲しさが能面に宿る。
それは、健康美とは言えない。ほとんど人形だ。
目の光がうせたら、ほとんどうつ病患者に見えるだろう。


最近、齢を取ったらどんどん幸福になることに気が付いた。
「旅情」を大学時代に見たが、おばさんでも恋をするんだね~と思った。
でも、今はあのおばさんが、理想の美人に感じる。齢が追いついた。
高見順はおばさん好きで、年上の女は銀ぎつねのように威厳が有っていい。と言ったらしいが、今はかなり理解できる。
銀ぎつねは、やはり魅力的だよね。

子供のかみ合わせ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/10/23 00:00

大顔美人

浮世絵美人を書いていて、なんか違和感があった。
僕ばかりじゃなくて、多くの人は最近の子供たちにひ弱さを感じていると思う。
それと、尖ったあごがリンクしてしまう。多くは、顎角が開いたドリコタイプだ。
それで、ドリコタイプにひ弱さを感じていた。
筒井先生の、「包括歯科」という豪華な本に、まあなんというか、ひどく審美的でないブラキーのおばちゃんと、ドリコの優男が見開きで対比されていたのが、あまりにも目に焼き付いたということもあるような気がする。
あのおばちゃん、目も隠さないでそのままで、気の毒だったな~

しかし、浮世絵美人の天海優希も、武士の中の武士に見える舘博も、たくましく見える。
たぶんドリコだとは思うが、あごはたくましい。
これは、ドリコ・ブラキーの問題じゃなくて、顔の大きさの問題だったのではないか?
二人とも、間違いなく大顔だ。

よく小顔の美人ということが理想のように言われるが、あれはおかしいと思うな~
有名な女優に小顔はほとんどいない。
マリリンモンロー、吉永小百合、チェジウ、坂東玉三郎ぐらいしかいないのじゃないか?
あとはほとんど大顔だ。最近は映画を見ていないから多少自信がないが、昔は間違いなくそうだった。
スチュワーデスはやはり美人の職業だけれど、小顔のスッチーはほとんどいない。
どう考えても、大顔が美人だ。

一方では、グラビアとか、歓楽街に貼ってある風俗系の女性の写真は、全部といっていいほど小顔だ。
韓流ドラマも、そんな感じだ。
スッキリと整っていて、かわいらしく見える。
でも、みんな同じような感じで印象に残らない。
小顔の美人というのは、バーチャルな性愛の対象?
つまり人形のようになんでも自由にさせてくれる女のイメージなんじゃないか?
マリリンモンローがそうだった。
もう一つは、竹下夢二風の清楚な雰囲気。吉永小百合やチェジウがそう。
どちらもバーチャルリアリティだ。

その雰囲気を醸し出すのは、小さいあごのように感じる。
ドリコ・ブラキーじゃなくて、小さいあごが優しくなんでもさせてくれる人形のような錯覚を与えて、自信の無い男たちに好ましく見えるのではないか?

大顔美人は、強烈に自己主張している。
だから、スターなわけだ。
その、自己主張を支えているのは、たくましいあごだと思う。

僕は、たくましいあごの気の強い女が好きだ。
自信があるわけでは無いけれど・・・


今回の、くうにゃんの「健康本」の記事には同感だ。
早く寝なくちゃ・・・気を付けよう・・・
子供のかみ合わせ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/10/17 00:00

浮世絵美人

天海優希は、浮世絵美人だ
舘博は、とても武士のイメージがある。

ぼくのような昔の世代に比べて、最近の子供たちは明らかにあごがほっそりとしたというか、顎角が開いた、比較的長顔貌に変化してきている。
このようなドリコタイプといわれる顔のタイプは、不正咬合で矯正するときにたいへん難しい。
それに、嚥下癖のような幼児期からの不良習癖や、軟性食品による咀嚼不足による退化傾向のようなイメージがあって、よくない傾向であるような気がしていた。
何となく、日本人がひ弱になって来ている傾向と一致した変化なのか?と思っていた。

最近、天海優希のドラマを見ていて、長顔貌のドリコタイプだけれどずいぶんとたくましい女に見えるということに気が付いた。
それに、ハリウッドの女優は、日本に比べて明らかにたくましい女ばかりだし、白人だからドリコタイプが多いだろう。
どうも、矯正が難しくなるので嫌だという気持ちから、偏見を持っていたような気がしている。
そして、浮世絵の美人画は、ほとんど長顔貌のドリコタイプなことに気が付いた。
写楽の役者絵なんかも、明らかにそうだ。
あら?江戸時代はドリコタイプが多かったのかしら?
う~ん?ちがうな。
北斎漫画や富岳百景、広重の東海道五十三次なんかをみると、丸顔ばかりだ。
絵師の好みではなくて、なんか描き分けているような気がする。
少女漫画を見ると、主人公がかっこいいシチュエーションの時は細面であごが尖っているが、ドジをふんだり、ずっこけたり、弱ったりするときには丸顔であごが無くなる。
ふん!と鼻息荒く踏ん張るときには、あごが角ばってガンダム風になっている。
ということは、天平時代とか、源氏物語絵巻のころのような庶民が飢餓の恐怖におびえていただろうころは別として、昔からおおむね我々はドリコタイプを好み、憧れを持っていて、その傾向は変わらないようだ。

世界が白人に支配されてしまったのも、そのような美的感覚が影響してしまったような気もする。
日本人から見て、白人が賢く、美しく見えるということは、中国人や、黒人や、エスキモーや、ニューギニアの原住民から見てもそう見えるのじゃないか?
ドリコになることは美しくなることなのだから、望ましい進化なのでしょう。

あごろべえ先生によれば、ドリコ・ブラキーの違いは背の高さと関連があり、統計学的にも正比例している。
猫の世界では、物理的に上の方にいる猫がそれだけで勝利しているそうで、視線の角度の持つ力は大きい。
そうでなければ、バベルの塔から始まって、塔の高さを競う理由が薄弱になる。
権力者は、常に高い席に座る。
つまり、審美的にも、政治的にも、ドリコの方が有利だ。
子供のかみ合わせ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/10/11 00:00

おすすめのセミナー 案内

このセミナーは、今年は、今月の27日に大阪。11月の10日に東京である。

斬り込み隊長。子供の運動会にでも重ならなければ必ず行くこと。
矯正をするしないは関係なく、ためになる。
石井先生や、岩前先生には、めちゃめちゃ役に立つはず。
西田先生や、荻野先生も、多分目からうろこになると思う。

動研会員なら、一度聞いただけで十分応用できる。後藤先生も、伸ちゃん先生も、依田先生もどうぞ。丸田先生も。
ランパの先生も、このフィロソフィーはジョンミュウの前方成長ですから、必聴です。
石田先生、大勢を連れてきてください。
絶対がっかりさせないと保証します。

反面、中心位などというカビの生えた信仰をお持ちの先生には全く理解不能だろうと思う。

ちなみに、僕は4月の最初のセミナーも受けた。
その時には、きっとすごいシステムなのではないかという予感はあったが、話が下手すぎてよく解らなかった。
今回は、一皮むけて、見事だった。よく解った。

4月のセミナーの後、僕はKTAを2人に入れた。
一人は、6ヶ月目になるが、Ⅱ級が見事Ⅰ級になった。
もう一人も、3か月目で、食べるときにもⅠ級になってきている。


セミナーの詳細と申し込み書は、戸栗歯科医院のホームページにありますよ。



隊長。失礼いたしやした。
変換ミスとはいえ、切り込みだとナマスに切り刻まれて塩辛になった感じで、意気が上がらないですな~
ごめんごめん。訂正した。


子供のかみ合わせ | コメント(2) | トラックバック(0) | 2013/10/07 00:00
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