耳なし芳一の琵琶

耳なし芳一技工士作の2つの咬合器を紹介します。
Swing master Articulatorといいます。赤いのがタイプⅠ。青いのがタイプⅡ。
論文から咬合器の説明を抜粋します。

 >このSwing master Articulatorと、既存の咬合器の相違点を挙げるならば、現在の歯科補綴は蝶番回転する平線咬合器を使っての限界運動有りきです。摂食時に限界運動と異なる軌道の咀嚼運動をしているにも拘わらず、大学や技工学校で詳しく教わることもなく、蝶番運動の平線咬合器や半・全調節性咬合器で製作され、咀嚼運動は全くと言っていいほど考慮されていません。
 咀嚼運動が出来る事と、それ以上に人間は二足歩行動物として倒れないようにバランスを保つ機能として下顎が平衡器の動きをする必要があります。ナソロジーで言うところのターミナルヒンジアキシスで蝶番回転軸が通っているわけではなく筋肉でぶら下がっています。下顎が平衡器として〝自由″に動かなければなりません。あたかも筋肉でぶら下がっているかのような生体に近い振舞いが必要となります。
 旧来の生体に似せたものと異なり、動きに特化した咬合器となりました。あたかも咀嚼運動時の顆頭が後ろに下がるようなギミックとしてスライド機構を上フレーム内に組み込みました。これによって顎運動計測機器であるシロナソアナライザーのような立体的な動きが咬合器上にできるようになり、人の動きである3軸(XYZ)に対応しています。
 上フレームに前後にスライドするギミックが組み込まれました。左右にスライドする機構と蝶番回転運動をそれに組み合わせることによって三次元的な理想咀嚼運動を再現することが可能になりました。

これ以上、他人のまだ未発表の論文の中身を書くわけにはいかないから、咬合器の説明の引用にとどめておく。
論文のテーマは、この咬合器にセットする「咀嚼運動理想軌道ガイドテーブル」の形状をデータ化して解析したものだ。
そして、これまでの定説に修整が必要だという結果が得られた。
ラッパの先生の論文も出来てきて、そのシロナソのデータともピッタリ合致していた。
つまり、この咬合器は、定説に修正を迫るほどに咀嚼運動を精密に再現できるということだ。

実は、僕はこの咬合器を買ったけれど、模型をマウントするのが億劫であまり使用していなかった。
手で模型を持って動かしてスウィング干渉を調べていたが、その軌道をガイドテーブルを導入してトレーニングすることにしようと思う。

論文は、もうすぐ学会誌に載ります。

咬合器
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技工士はアーティスト | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/16 00:00

耳なし芳一の話

いま、手元に耳なし芳一技工士の論文がある。
何とも素晴らしい学術的な原著論文だ。

耳なし芳一というのは、我らがダンディな禅坊主先生が名付けた。
大会の講演の抄録に付ける顔写真に、自分が開発した咬合器を持った写真を候補として3枚ほど添付してきた中の1枚が何とも独特の凄みがあって、僕はその写真を推奨したが、禅坊主先生が却下した。

 耳なし芳一みたいにえぐいからダメ。

言われてみると、咬合器を頬ずりするように顔の横に掲げてちょっと白目が目立つ、あらぬ方をにらみつけたような顔と姿勢が、盲目の琵琶法師が薄く白目がのぞきながら琵琶をかき鳴らしているようで、確かに耳なし芳一に見える。
僕は、そのただものでは無い凄みがいいと思ったけれど、残念ながら抄録の写真は無難な写真に納まってしまった。

彼は、間違いなく咬合器の歴史に残る偉大な開発者だ。
ギージー、ハノー、矢崎、スチュワート、・・・と続く列に並び、将来教科書に載るだろう。
そして、彼の開発した 咀嚼運動とスウィング現象が再現できる咬合器で、これまで定説となっている教本のデータと少し異なる精密な咀嚼運動軌道を解析したのだ。
咬合器は素晴らしい発明であり、それによる咀嚼運動の解析は、もとより私にはそれが正しいのかどうかを判定できる能力があるはずもなく多くの人によって検証されることになるわけだが、学術的手順を踏んだ実に見事な研究だと思う。
技工士はアーティスト | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/08 16:39

チャンピオン

彼の天才とは、どのようなものだったのか?

以前僕は、丸山先生に教わっていた時にマスティキュレーターという咬合器を知った。
プラスチックの2個組で3千円?程度のちゃちな咬合器だったが、咀嚼運動を再現するには当時はその咬合器しかなかった。
彼にその咬合器のことを言うと、以前から使っているという。
普通の咬合器では残存歯のファセット(歯の減ったところ)が合わないときに、それに付け替えて調整するのだそうだ。
さらに、僕の採ったバイトが合っているのかどうかを徹底的に調べる。
バイトと支台歯の適合を顕微鏡で隅々まで調べる。さらに、ファセットとの関係などを総合判断して、なんと!僕のバイトを勝手に修正して付け替えて作っていたことが分かった。
それが彼にとっては当たり前なのらしい。
だから、フルマウスの補綴などの時には、咬合器付着に4時間もかけるという。模型製作などではなくて、バイトと模型の適合状態を診査して問題点を見つけ出すのにそのぐらいの時間をかけるのだ。
徹底的にこだわる。だから、時間はいくらでもかかるわけだ。技工作業が遅いわけではない。
これらのことは自慢げに宣伝したことではない。僕の質問に、すみませんと謝りながら答えた言葉だ。
彼は、口が駄目だということ以上に、作品で勝負するんだという信念があったのだと思う。
歯医者もそうでなければいけないのだが、歯医者は素人の患者さんを相手にしているので、その辺がイージーだ。
患者さんは、建物とか、内装とか、雰囲気に騙される。その辺にたけている歯医者なら、いくらでもイメージ操作できる。
でも、技工士はプロを相手にしている下請けなわけで、口先が通用するわけがない。
引きこもりの付き合い下手の人間に取っては、ほんとにやりがいのある仕事だったのではないか?

そして、こちらの指示には絶対的に従う。
マスティキュレーターというフラフラとセントリックが定まらない咬合器で何度もフルマウスの補綴物を作ってもらったが、それは大変な苦行だったのではないか?
平均2か月。最高に時間がかかった時には完成まで4か月かかった。
その間、僕は他の模型は彼の弟子に出して時間が空くようにするが、それでもそんなとんでもない時間がかかるのだ。
それはなぜかと言うと、ほかの仕事を全部かたずけて丸一日時間を取って、それだけに集中するのだそうだ。
あちこちと手を付けては、そのような仕事はできないという。
それで、頑張って時間を空けたと思ったらまた模型が送られてきて・・・ということの繰り返しだったのだろう。
あのフルマウスの補綴をさせたのが、病気の元だったのかもしれないな~
それが終わるまでは、すごいストレスだったのではないか?

4か月かかった患者さんは、それを待っている間に仮歯が合わなくなってきて、気分が落ち込んできて大変だったようだ。
しかし、術後はすべての症状が取れた。鬱々とする。首と肩がこる。舌が痛い。腰が痛い。膝が痛くてしゃがめない。など全ての症状が取れた。
術後半年の写真では見事に真っ直ぐな力強い姿勢になっているのが分かる。
我らの立派な本の僕の章に、その彼が心血を注いだ補綴物と姿勢の写真を載せてある。
あのころはそのような補綴でなくてはいけないと思っていた。間違っていた。苦労を掛けてしまった。すまない。

何かないかと思って先週、せめて最後の仕事場に飾ってもらおうと花籠を送った。
電話口で、なんか花道という感じです。と明るい声だった。
吹っ切れた声だった。
彼はいつも、早く仕事を辞めたいというのが口癖だった。
僕らは、あんなに技工を愛している人が、なにバカなことを言ってるんだ。と笑っていたが、ホントは苦しかったのじゃないか?
今は、そう思える。
もうずいぶん前だが野球の衣笠選手が引退した時、アリスの「チャンピオン」という歌がいつも頭に張り付いていたと言っていた。
 
 帰れるんだ これでただの男に
 帰れるんだ これで帰れるんだ

衣笠は、不死身の選手と言われ、長い現役選手の間1度も欠場したことがなかったという。

僕の天才技工士も、全生活を犠牲にして、昼と夜がひっくり返った異常な生活を全力疾走した。
ひげぼうぼうで、歯も磨かず、風呂にも入らないで、技工室にこもっている。と言っていた。
今は、ホッとしているのかもしれない。チャンピオンであることは大変だ。
苦闘の果てについに敗れて、ただの男に帰れた。
お疲れ様でした。ありがとう。
技工士はアーティスト | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/12/03 00:00

ある天才技工士の破たん

残念でたまらない。
僕が外注していた技工士がラボを閉めてしまった。
病気だから、どうしようもない。
しかし、あまりにも惜しい。天才だった。
僕より7歳ほど若かったから、ラボでは一生苦労することは無いと安心していたのだが。

インレーなどは、試適ですっかり入れてしまうと取れなくなって大変なことになるほど適合していた。
全て単冠のフルマウスの補綴が無調整で入る。
繊細で細かいところまで行き届いた、完璧な審美性だった。

あれほどの天才が、僕の技工をしてくれているのが奇妙だった。
それは、彼の普通ではない性格のせいだったのだろう。
僕も、自分で少し引きこもりであることを自覚しているが、彼の場合は尋常ではなかった。
何か、普通に人と話が出来ない感じだ。
もし、そこが普通だったらかなり名声がとどろいていたはずだ。
技工学校の在学中から、学校始まって以来の天才と言われていたという。

彼は、腕が素晴らしいから仕事がいつもいっぱいで、日に3時間ぐらいしか寝ていなかったようだ。
そのうえ完璧でないと気が済まないものだから、時間があればあるだけ費やす。
すると、納期に間に合わなくなる。
徹夜して仕上げて、自分で運転して私の歯医者に朝一番で届けてくれたことが5回はあった。
事故が心配だから、そのようなことは止めて間に合わなければ電話してくれ。とそのたびにきつく言った。
かけがえのない天才だったから、それは僕自身のために言っただけだけれど。

11月の4日の連休明けに技工物に手紙が添えてあって、今月いっぱいで閉めると書いてあった。
僕は、彼の友人グループ3人にすべての技工物を出していた。
彼のところに昔勤めていた弟子の技工士に電話したが、出ない。
次にかけた義歯を専門にしている友人技工士は、あの技工大好き人間が止めるはずないでしょ!と取り合わない。
それでほっとして、本人に電話したら、リュウマチになってもうこれ以上出来ないという。
そのような奇妙な病気になるのは、無理がたたったということを本人も自覚している。
治療して症状は緩和しているので、仕事が出来ないわけではないという。
それなら、一般診療の高い技工費を取れる仕事だけぼちぼちとやったらどうか?と聞いたが、どうしてものめり込んでしまって自分を抑制できないから、きっぱりやめるために機械器具を全て売り払うことにして、もう契約してしまったという。
ショックだ。目の前が真っ暗になった感じ。

数日して、彼の弟子の技工士に電話して、二人で嘆いた。
僕が、徹夜した後に運転して届けたりするからだ。何度言っても聞かないで5回以上来たんだよ!というと、彼は笑い出した。やっぱり、先生は知らなかったんだね。
夜中の1時に旭川を出る宅急便がある。それに間に合うように持って行くのだが間に合わなくて車を追いかける。そしてついに追いつけなくて、うちの歯医者の玄関に置いて帰ったことが10回はあるというのだ。
途中で追いつくことが出来たことも、たぶんその何倍もあるのではないか?どこまで行って追いついたことか?
朝、僕のところに持ってきたときは、完全に間に合わなくなって5時頃までかかった時で、日常的に1時の宅急便との時間の戦いだったようだ。
旭川と天塩は車で3時間以上かかる。往復だと7時間ぐらい。
7時間も空費したならば、その後はもっときつい時間との戦いが待っているはずだ。
これでは、病気になるのも当然だ。

僕のような凡才は天才にあこがれるが、天才とは本人にとっては天災なのかもしれない。
頭や腕だけが天才なのではなくて、性格と不可分なんだよね~
あごろべえ先生もラッパの先生も気を付けてほしいな。
技工士はアーティスト | コメント(2) | トラックバック(0) | 2014/12/01 00:00

咬合にハマったら、隣の歯医者よりも下手になる!?

さて、新しい本を出していよいよ スウィング理論 を、広く世に問うことが出来た。
あごろべえ先生と僕たち研究会が、咬合論の世界に船出したわけだ。
前途多難だと思う。
序文で、吉田勧侍先生が言っているように、簡単に世に広まるとは思えない。
歯科の未来のために、粘りづよい努力が必要でしょう。

いま、歯科界では咬合というものは、全く人気が無い。
咬合とか、かみ合わせとか言うと、さっとよそに行ってしまう。その話題を避ける。
あ~あ、また怪しげな新興宗教信者が来たぞ、今度は何派にハマってるんだ?という感じ。
これは仕方のないことだ。過去に多くのメジャーな咬合理論があって、全部破たんした。
補綴という、冠を被せたり入れ歯を入れたりする分野の講師が主に布教していたが、その理論の多くは、ほとんどたった一つのアイデアで成り立っていることが多い。
それにハマってそのとおりにやると、隣の歯医者より下手になり患者さんが来なくなる。
僕もハマったことがあるから、よく分かる。
講師が悪いのではなく、検証せずに根拠もなくのどかに信じたのが間抜けなのだ。
自分の患者さんに対して、責任感が足りないのかもしれない。
ある先生が、自分のスタッフを8人も患者として一度にセミナーに連れてきて、治療費を支払って数か月も実証的に検証して、その結果、そのセミナーから去って行ったことがあった。
見事だった。かくあらねばいけない。


特定の理論には独特の形態・配列があって、その良かれと思った形態・配列が、かえって全体の調和を損ねていることがほとんどだ。
技工士さんが作ったものを赤い紙をカチカチやって、そのまま入れた方が上手に入る。
なぜかというと、技工士さんは、毎日毎日何個も何個も冠を作っているのだ。
歯列全体をくまなく見て、調和するように形態を作る。それを朝から晩までやっているのだ。
朝から夜中までと言った方が正しい。技工士は5時で終わったのでは生活できない。
ベテランになると、自然な形態・配列というものが、手に染み込んでいる。
一方、歯医者はというと、冠を作ったりしたことはないし、抜いたり、神経を取ったり、むし歯に詰めたり、矯正とか、多くのことをしなければいけない。
圧倒的に掛けている時間が違うのだ。
歯医者は粗忽に頭で考えるが、技工士さんは全身であるべき形を考えている。
思考の厚みが違う。
下手に歯医者が口を出した方が結果は悪い。
だから、隣のたいして勉強していない歯医者より下手になる。
これはもう、みんな分かっているのだ。こりている。


すでに破たんしていても、後になって講師たちが私の理論は間違っていましたと言ったのを見たことが無い。
ほとんどの咬合理論は検証法を持たないので、信者が入れ換わるだけで、そこそこ通用するのだ。
古い講師は、政治力でそれを維持している。

要するに、理論だけで検証がない、出来ない。検証法すら分からない。どこを調べれば判るのか?
赤い紙と患者の言葉以外に何かあるのか?そんな状態だったのだ。


僕たちは、しっかりとした検証法を持っている。それが、一番大切だ。
何よりも実証的であらねばいけない。
あごろべえ先生は、解剖学的形態がなぜその形なのかを、きちんと説明出来ている。
形の意味を解っているのだ。
だから、理論のせいで不調和な形態になって、隣の歯医者より下手になることも無い。
そして、技工士さんは下請けだから、こんなことダメだと分かっていても、仕方なくメジャーだが空虚な理論の形態におもねざるを得ない。
そんな技工士さんに、自信を持って思ったように作りなさいと励ますことが出来る。

その先は、歯医者が一人で修正できる。
それが歯医者の腕なんでしょう。
そして、いつも同じところを修正する傾向があれば、そこを変更するように指示するだけでよいのだ。


えへん。その~
あごろべえ先生とラッパの先生はそうだと思う。
僕は、努力中です。
理解したということと、出来るということの間にはそうとうの距離があるようだ。
技工士はアーティスト | コメント(1) | トラックバック(0) | 2013/07/31 00:00
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